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 相続にも所得税法が登場します。仮に土地を子が親から相続で取得した場合は、子は父親の土地の取得価額と取得時期を引き継ぐことになります。これが所得税法59条と60条の理屈です。

 相続や贈与による資産の移転には、相続税や贈与税を課税します。しかし、この当然の理屈が完成する前には、相続税と贈与税に加え、譲渡所得課税が行われていました。

 以前の相続では、①被相続人(父)の下で発生した資産の値上がり益に所得税を課税し、②相続人(子)へ相続税を課していました。贈与の場合も譲渡所得課税と贈与課税が行われていました。

 しかしこれは、明らかな2重課税であるとの批判があり、その後の何回かの所得税法の改正を経て譲渡所得課税が廃止になりました。これは譲渡所得課税を免除したわけではありません。被相続人の取得価額を相続人が承継することにしたのです。つまり、単なる課税の繰り延べであって、相続人が相続した資産を譲渡した時には、被相続人のもとで発生した値上がり益を含めて譲渡所得課税が行われることになったのです。これは贈与の場合も同じです。

 しかし、この引継が行われるのは、個人に限られます。法人への遺贈が行われた場合、法人に所有権が移転する際には、個人の下で発生していた含み益を法人に承継させるのはどう考えても不合理です。なぜなら、所得税を課税すべき含み益が、法人に移転し法人税の課税対象になってしまうと税体系が異なる所得税と法人税の課税がごちゃ混ぜになってしまうからです。ですからこの場合には譲渡所得を被相続人の準確定申告に計上し、法人には実勢価額相当の受贈益課税が行われます。

 限定承認の場合も、相続時点で含み益への課税が実行されます。もし、相続人が取得価額を引き継ぐことになると、相続人は相続した土地の譲渡価額の全額を相続債務の弁済に充てるのに、譲渡所得課税の負担が相続人にかかってしまうからです。ですから限定承認の場合は、含み益課税も被相続人のもとで実現させ、相続債務として限定承認の手続きの中で清算してしまうことにしたのです。

 実勢価額を100とするとこれを下回る売買にも所得税法56条と60条が適用されます。取引時点での時価の2分の1以上の価額での譲渡は、通常の売買とみなして、売り主には譲渡所得課税を行い、買主に売買価額を取得価額とみなします。

しかし、そのような取引を節税に利用する人たちが出てきました。10億円で取得した土地を相続税評価額である7億円で譲渡し、3億円の売却損を作り出して他の所得と通算するという方法です。そこで発令されたのが平成元年の「負担付贈与又は対価を伴う取引により取得した土地等及び家屋等に係る評価並びに相続税法第7条及び第9条の規定の適用について」という負担付贈与通達です。これにより「負担付贈与または個人間の対価を伴う取引により取得したものの価額は、当該取得時における通常の取引価額に相当する金額によって評価する」とされました。

「負担付贈与通達」と名付けられているために、実勢価額と相続税評価額の差異を利用した贈与税の節税を防止する通達と理解されていますが、実は実勢価額と相続税評価額の差額を利用して譲渡損を作り出すことを防止するための所得税の節税防止通達といえるでしょう。

実勢価額は100の土地を30で譲渡した場合は所得税法59条が対処しています。仮に法人に30で売却した場合には、実勢価額の100で譲渡したとみなされます。しかしこれが個人に対して行われた場合は、話が難しくなります。

まず所得税法59条と60条により、譲渡代金30が

  • 売り主の取得価額を上回る場合には通常の売買とみなして売買価額を30として譲渡所得税を計算し、買主は対価30を取得価額とするとともに取得時期も洗い替えします。
  • しかし売り主の取得価額を下回る場合は、売買の事実を無視して贈与の場合と同様に買い主は売り主の取得価額を承継し、かつ取得時期も承継します。

そして贈与税について負担付贈与通達が適用されます。

その結果、賃貸物件を贈与した場合には、敷金返還債務が譲渡対価(負担付贈与)とみなされて、相続税評価額ではなく、実勢価額と負担額の差額について贈与税が課税されるという恐ろしい結果を招いてしまいます。

ここで鰻養殖家の実例を紹介しましょう。

鰻の養殖池について買い取りが申し込まれました。しかし、当時の譲渡所得課税では、長期譲渡所得でも4千万円を超えると割増の税率が適用されることになっていました。そこで第3者への売却に先立ち、売却予定地の半分を相続税評価額で妻に譲渡し、第3者への譲渡所得を妻に分散することにしました。

当時は負担付贈与通達がありませんでしたので、相続税評価額の譲渡なら贈与税の課税が免れます。しかし、相続税評価額が夫の取得価額を上回っていましたので、上記①に該当することになり、買い主は対価を取得価額とするとともに、取得時期も洗い替えることになりました。つまり、妻は第3者に売却する際には、短期譲渡所得課税として高額な所得税を負担することになりました。

このような複雑な税法の中で私たちは生活していることを皆さんに知ってもらいたいです。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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