「法定相続分課税方式に基づく遺産取得税方式」(以下「法定相続分課税方式」という)による相続税の課税は、今日まで大幅に見直されることなく50年以上も維持されてきております。しかし10年ほど前から、根本的な指摘がなされるようになってきました。例えば、2007年11月の政府税制調査会の答申「抜本的税制改正に向けた基本的考え方」では、法定相続分課税方式の問題点として、
① 必ずしも各相続人の相続額に応じた課税がなされていないこと
② 一人の相続人の申告漏れにより他の共同相続人にも追徴課税する必要が生じること
③ 各種特例による税負担の軽減の効果が本来対象とする相続人以外にも及ぶこと
が指摘されています。
①について具体例を挙げると、仮に被相続人の異なる、A、Bという二人の相続人がいたとしましょう。相続人Aが遺産総額10億円の内の1億円を、相続人Bが遺産総額2億円の内の1億円をそれぞれ相続したとします。この場合、その他の条件が同じであれば、Aの税負担はBより重くなります。相続額が同じでも、もともとの遺産額の多寡によって税負担に違いが生じます。
②については、法定相続分課税方式による計算では、自己が取得した財産だけでなく、他の相続人が取得したすべての財産を把握しなければ正確な相続税額の計算・申告ができないため、相続人の一人が財産を隠蔽し、それが税務調査によって発見され追徴税額が生じたときには他の共同相続人にも同じく追徴税額が発生することになります。
③については、例えば、小規模宅地の特例を受けた相続人がいれば、相続税の課税価格自体が少なくなり、特例適用対象者のみならず他の共同相続人の税負担をも減額させてしまいます。
このように、現行方式の問題点が指摘されたことを受けて、2008年1月の『平成20年度税制改正大綱』には、「相続税の課税方式を遺産取得課税方式に改めることを検討する。」とし、同年12月の自民党の『平成21年度税制改正大綱』では、「各人の取得分に応じ個別に税額を計算する方式に改めることにつき検討を行ってきたが、現行の方式は、約50年の長きにわたり定着してきた制度であり、その見直しは、課税の公平性や相続の在り方に関する国民の考え方とも関連する重要な問題であり、さらに議論を深める必要がある」と述べるなど、現行方式を取得税方式に回帰させる気運が高まっていました。
他方、この間、旧民主党は遺産税方式に見直すべきであると主張していました。2008年12月の「民主党税制抜本改革アクションプログラム」では、「相続税については、『富の一部を社会に還元する』考え方にたつ『遺産課税方式』への転換を検討すべきである。相続財産は社会の存在を前提に形成されたものであり、また、その一部は社会保障給付が反映されているとも考えられる。格差拡大を抑制する観点からは、このように形成された相続財産の一部を社会に還元されることが適当であり、その意味では相続人が資産を得た時点で課税するのではなく、遺産そのものに課税することが適切である。」つまり、ここでは、遺産税方式への見直しの根拠として、「老後扶養の社会化に対する還元」が明確に打ち出されていまして、それと同時に世代間格差是正の意図もにじんでいます。
旧民主党は、2009 年8 月の衆院総選挙におけるマニフェストの中で、「相続税については、『富の一部を社会に還元する』考え方に立つ『遺産課税方式』への転換を検討します。」と掲げました。もっとも、その後、目立った進展はみられませんでした。