前々回から、海外資産の移転に伴う問題点を書いてきましたが、日本の課税当局も黙ってみていたわけではありません。「富裕層」の海外保有資産情報の収集に相当の力を入れています。
一見、税法の効力が及ぶのは国内のみですから資産が一旦海外に移転されてしまったら簡単には課税できないことから、「究極の課税逃れ」と思われがちです。
これに対して課税当局はここ数年、「富裕層」の国外保有財産の把握や金融資産の動きの監視に特に力を入れています。
その中心的施策が「国外財産調書」の申告制度です。
「国外財産調書」とは、その年の12月31日時点で5000万円を超える国外財産を保有している「居住者」と「非永住者を除く外国人居住者」に、自主的な申告による提出が義務付けられている調書です。
もし提出を拒否し、又は、虚偽記載がある場合などには、1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられます。そのほか、国外財産から生じた所得などに申告漏れや無申告が発覚した場合などには、さらに罰金が加算されるなど厳しい内容のものです。
しかしこれはあくまで自主申告の範囲で申告されない国外保有財産は、基本的には把握が困難といえます。
それでは、「国外財産調書」で申告せずに金融資産を国外に移してしまえば、それで税金を納める必要がなくなるのでしょうか?
どうやら、それは無理みたいです。金融機関経由で100万円を超える国外送金を行った場合には、扱った金融機関から税務署へ「国外送金等調書」が提出されているからです。
これは、「内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律」によって定められている手続きで、当初は200万円超の国外送金が対象でしたが、2009年より100万円超にバーが引き下げられました。
銀行が税務署に報告する内容は、送金者、または受領者の氏名、住所、送金等年月日、相手国、本人口座の種類、口座番号、金額などです。送金者情報を受け取った税務署は、「国外送金等に関するお尋ね」を作成し納税者に送付します。
「お尋ね」では、確定申告の有無や具体的な取引内容が確認されます。また、送金明細や取引内容の分かる書類の写しの添付が要求されることもあります。
一方で、有価証券の国外への移管は「国外送金等調書」の対象外でした。しかし、2014年度の税制改正で、国境を越えて有価証券の証券口座間移管を行った場合、「国外証券移管等調書」を提出することが義務付けられました。
これは、国内証券口座から国外証券口座への有価証券の移管と、国外証券口座から国内証券口座への有価証券受け入れ双方に適用され、その国内の証券会社などから税務署へ調書が提出されます。
ともあれ、「国外財産調書」「海外送金等調書」「国外証券移管等調書」によって、課税当局は国外へのお金の流れを相当程度まで監視できるようになりました。
それでは、これらの制度ができる以前に海外に移転されている金融資産で、かつ、自主的な申告のないものはどうなるのでしょうか?
これについては、やはり把握は困難のようです。
それを補う目的もあるのか、今は日本と「租税条約」を結ぶ国との間で、税務当局同士が情報交換を行うようになりました。財務省は、現在日本と「租税条約」を結んでいる65か国・地域、および、「情報交換協定」を結ぶ10カ国・地域をサイト上で公表しています。
さらにはここ数年、国外に転出する資産家が増えていることを背景に、2015年、資産の含み益に対して所得税を課税する「国外転出時課税制度」、いわゆる「出国税」が創設されました。
「出国税」の目的は、株式はもちろん、投資信託や公社債などのキャピタルゲインを得るために税率の低い国に移住し、そこで売却益を得ることによる課税逃れを防止することです。これによって、資産を海外に移転し課税を回避する方法は、ほぼシャットアウトされたといっていいと思われます。