相続財産のうち最も典型的なものの一つに預貯金があります。この預貯金は、現金とは全く別の区別した取り扱いがなされてきました。原則、預貯金については、今までは、相続財産ではあるものの、遺産分割の対象となっていなかったのです。
今までの判例では、以下のように判示しています。
「相続人数人ある場合において、相続財産中に金銭の他の可分債権あるときは、その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解すべきである。」(最判昭和29年4月8日)
つまり、金銭債権などの可分債権は、相続の開始によって当然に分割され、各共同相続人がそれぞれの相続分に応じて分割された債権を取得するということをいっています。
例えば、父母と子2人(長男及び長女)の4人家族で父親が亡くなり、相続財産として1000万円の預貯金があった場合であれば、遺産分割をしなくても、相続の開始と同時に、母親は法定相続分1/2の500万円、長男及び長女は各法定相続分1 /4の各250万円ずつの預貯金の払い戻し請求権が認められるということになるのです。
判例によれば、相続人間での遺産分割協議を行わないでも相続の開始によって当然に、共同相続人各人がそれぞれの法定相続分に応じて、各金融機関に対して預貯金の払い戻し請求ができることとなっていました。
しかし現実には、上記の事例で、例えば長女が金融機関で自身の法定相続分250万円について払い戻しの請求を行っても、金融機関はその払い戻しに応じないことが多いのが実状のようです。
金融機関の実務においては、共同相続人全員の同意書や承諾書、または遺産分割協議書及び遺言書などがない限り、共同相続人中の一人からの法定相続分に応じた預貯金の払い戻しには応じない、という取り扱いになっているのです。
これは、後に遺産分割で紛争等に発展した場合に責任を問われることを回避するためのものです。
たとえば、金融機関が長女に法定相続分250万円の払い戻した後に、母親から「遺産分割協議の結果、預貯金は全て母親が相続することになったので、1000万円を払い戻してください」というような事態が起こり得るからです。こうした事態を避けるために、金融機関では「誰が相続するのか、遺産分割協議書や遺言等で確認した上で、払い戻しに応じる」という取り扱いにしているようです。
このように判例と実務で差が生じてきてしまっているのが現状です。そこで、最高裁判所では、実務との隔たりを埋めるために、判例を見直したものと考えられます。