そして、最後が、貿易赤字の問題です。トランプ氏は記者会見で、「我々は数千億ドルの貿易赤字を抱えている。中国、日本、メキシコ、ほかのすべての国との間でもだ」などと問題視する姿勢を明確にしています。
ですが、こうした発言は、米国の世界貿易の現状も、国際的な貿易の歴史も、そして貿易の経済学的な意味も、何ひとつ理解していないといえます。
本業の不動産で4度も破産宣告を受けたというトランプ氏の経歴は、諦めない不屈の精神の持ち主というポジティブな文脈で語られてきた面がありますが、むしろ能力の低さの表れととるべきかもしれません。貿易問題でも失言の多さが目立った記者会見でした。
具体的にいいますとまず、現状の米国の貿易赤字額です。内需が好調な米経済の状況を反映し、米国の貿易は、2015年に7626億ドルの赤字と、リーマンショック以来最大の赤字を記録しています。そこで、トランプ発言の問題点の一つが、この内訳にあります。
トランプ氏は、「中国との間で数千億ドルの貿易赤字を抱えている。日本やメキシコともだ」と述べました。ですが、実際には全体の48.2%というダントツの貿易赤字の対象である中国(赤字額は3672億ドル)と、9.0%と1割にも満たない日本(赤字額は689億ドル)を同一に論じるのは無茶苦茶と思いますが。
しかも、中国と日本の間に、9.8%で第2位の赤字を計上しているドイツ(赤字額は748億ドル)が存在するのに、これをはしょっているのもおかしな話ですよね。こういうアバウトさは、トランプ氏の数字音痴ぶりを示しているとしかいいようがありません。
次に触れておきたいのが、ピークの1993年には赤字全体の44.8%を占めた対日赤字が最近のように10%割れの水準まで減ってきた背景にある歴史的問題です。実は、米国の輸入全体に占める日本の割合を見ても、1986年の22.2%をピークにほぼ一貫して減少を続けています。
その原因のひとつは、その前年に行われたプラザ合意であります。
もう一つが、長年にわたって、多くの日本の製造業が、激しかった日米通商摩擦の緩和を狙って米国に直接投資を行い、製造拠点を米国内に構築して雇用の拡大に努めてきたことであります。
こうした歴史を無視して、トランプ新大統領が年初にトヨタを標的に発した「米国に工場を作るか、さもなければ高い関税を支払え!」という恫喝紛いのメッセージを他の企業にも送り続けるようであるならば、同大統領は早晩、世界中の信頼を失うことになるでしょう。
さらに、トランプ氏は問題の会見で、「米国の貿易は最悪だ」などと述べ、まるで貿易赤字を悪いことのように語ったといいますが、経済学的な見地からすれば、この発言もいたずらに世間を不安に陥れかねない無責任な発言に映ります。
というのは、貿易赤字は、現象として輸入が輸出を上回ったというだけで、それ自体を絶対悪とする考え方は経済学上ないからです。
信頼を回復するのは容易ではありませんが、せめてもの救いとして挙げられるのは、閣僚メンバーには常識的で優秀な政策通が多くいるくらいです。