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 一般の遺産分割では、全ての資産と負債を遺産分割の対象としています。しかし、家庭裁判所で行われる遺産分割の範囲は、資産のみで行われ、負債は遺産分割の対象から外されます。なぜそのような理屈になるのか。それは民法が単式簿記で構成されているからです。

 税法や会社法は、もちろん複式簿記で、資産だけではなく、債務や純資産を含めて規定されていますが、日本民法がお手本にしたフランスのナポレオン法典では、複式簿記を知らなかったために、このような形になってしまったのです。

 したがって、債務について遺言書を作成することは出来ません。もし債務について遺言しようとするのなら負担付遺贈として遺言しなければなりません。仮に債務について遺産分割を認めてしまうと、資産は力のある長男がすべてを取得し、債務は資力のない次男に承継させる遺産分割が可能となってしまいます。

 実際に行われる遺産分割協議では、債務も、遺産分割の対象にしている場合が多いのですが、これは相続人間の合意であって、債権者に対しては効果がありません。債権者との関係では、債務は、法定相続分に従って各々の相続人が承継することになります。ただ債権者は、時効管理などの必要から、免責的な債務引き受けの処理によって債務を1人に集中します。これは遺産分割とは別の法律行為によります。

 民法は、金銭債権も遺産分割の対象外としていました。その根拠は「数人の債権者又は債務者がある場合において、別段の意思表示がないときは、各債権者又は各債務者は、それぞれ等しい割合で権利を有し、又は義務を負う」と定める民法427条によります。つまり、債権は相続されると同時に、遺産分割を要せず、相続人各人に法定相続分で分割帰属することになります。

 これが家庭裁判所の実務でしたが、次のような不合理な事件が出現してしまいました。

 相続人Aは、生前に5,500万円の贈与を受けていました。相続時に残っていた3,800万円の預金をAとBで1,900万円ずつ当然分割されるのは不公平だと相続人Bが訴訟を起こしたのです。

 最高裁平成28年12月19日大法廷判決は、次のように判示し、預金は当然分割ではなく、遺産分割を要する資産であると判示しました。

 「普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。」

 この判決によって、生前に5,500万円の特別受益を受けているAの相続分はゼロで、遺産3,800万円はBが全額を相続できることになりました。しかし最高裁が遺産分割の対象に含めたのは「普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権」に限っており、他の金銭債権は、従前どおり法定相続分による当然分割という判例理論は生き残ることになります。

 ここで困った問題が起きてしまいます。以前であれば民法上は、預金は当然分割なので、各人は自己の法定相続分について銀行に払い戻し請求をすることができました。ただ、実務において銀行は任意の払戻しには、応じていないのが現実です。これは、例えば銀行が民法上訴えられたとしても、裁判に応じて払い戻しをするのなら銀行には責任がないという保身が実務になっていたからです。

 しかし、預金が遺産分割の対象になったのなら、自己の相続分について払戻し請求自体ができなくなります。遺産分割ができない不仲な相続人は預金の払い戻しもできず生活に窮してしまいます。もちろん、預金のみについて遺産分割を成立させればよいのですが、それ自体もできない場合も多いのです。

 そこで民法909条の2が新設されることになりました。

 「各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に相続分を乗じた額」について払戻し請求が行えることになったのです。これについて、私は当初、相続分の3分の1でも相続税の納税に充てられることができるので、とても良いことだと思ったのですが、しかしこの条文には「標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする」という括弧書きが付け加えてあったのです。そして各々の金融機関について150万円を限度とするという法務省令が登場することになります。

 どれほど資産のない人たちを想定した立法なのでしょうか。おそらく、遺産分割調停などで家庭裁判所に来る人達の圧倒的な多数はわずかな遺産で争う人たちなのでしょう。預金の仮払いの制度は、その人たちの当面の生活費の確保であって、相続税の納税までは想定していないものと思われます。

 まず預金は、家族に分散して管理しておくべきです。認知症になったり、又は脳溢血など意識を失う大病になったりした場合には銀行は預金の払い戻しに応じてはくれません。成年後見人を選任してしまえば、その後の財産管理は非常に厳しいものになってしまうだけでなく、毎月2万円、5万円と、成年後見人に報酬を支払い続けなければなりません。預金に限らず、分散管理こそが、資産管理におけるリスク回避の方法といえます。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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