第614話 認知症
厚労省の推定によりますと、認知症の患者数は現状の発症率を基に換算したところ2025年には675万人に及ぶそうです。さらに認知症の発症リスクは糖尿病にかかると高まることを踏まえ、糖尿病患者の増加分を加味すると730万人にまで膨らみます。実に高齢者の5人に1人が認知症となる時代が迫っています。
認知症の親の介護のためにお金が必要になった人が、親の口座に入ったお金を使うために金融機関に出向いたとします。いくら親のために使うと説明しても、銀行は「ご本人の意思に基づく委任がなければ、支払いに応じることはできません」と出金を断るでしょう。銀行としては預金者保護の観点からの対応ですが、たとえ引出目的が「親父を良い老人ホームに入れてあげたい」といった本人のためであっても問答無用に引出は認められません。
預貯金は基本的に委任状があれば代理人でも引き出し可能ですが、認知症で意思能力がない人はそもそも「委任」という法律行為ができないため、預金は実質的に凍結状態になります。
厚労省によりますと、認知症の人にかかっている医療費と介護費、さらに家族による介護分の金額を合計すると、日本全体で年間14兆5千億円になるといいます。認知症1人当たりだと年間382万円にもなります。本人の銀行口座が実質的に凍結されてしまえば、家族がこれら費用を負担せざるをえません。
認知症を発症した人の口座からお金を引き出すには、本人に代わって財産管理する後見人を家庭裁判所が選ぶ「法定後見」の制度を利用するしかありません。ただ、家庭裁判所の判断によっては親族以外の人が財産を管理することになる可能性だって充分考えられます。確実に親族を後見人にしたいのであれば、認知症になる前に本人が後見人を選ぶ「任意後見」を利用する必要があります。
預金口座からの引出以外にも、認知症で意思能力がなくなった人は、不動産の売買、遺言書の作成、生命保険への加入などの法律行為ができなくなります。判断能力がないことにつけ込んで不利な条件での契約を結ばされるのを防ぐためのもので、もし認知症の人が不利の条件で契約を結んでしまっても、裁判所で契約時に意思能力がなかったと判断されると無効にできます。過去の判例を紐解くと、契約の内容が明らかに不利であり、また契約したものが普段から自分の意思をうまく表明できない状態にあったケースでは契約が無効と判断されていることが多いです。
今後、認知症患者の増加に伴い、患者の持つ資産の総額は大きく上昇します。第一生命経済研究所の公表レポートによりますと、1995年に49兆円だった認知症患者の金融資産の総額は、2030年には215兆円に達すると試算しています。認知症患者の資産は自由に運用や処分ができないことを考えますと、現在の国家予算の2倍以上の資産が「塩漬け」されることになります。金融機関にとってはありがたい状態かもしれませんが、社会にお金が回らないと経済の停滞を招くことは必至です。700万人の高齢者が発症する時代を目前に控え、早めの対策が不可欠となっています。
文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所
所長 栁沼 隆
「所長の独り言」一覧はこちら
免責
本記事の内容は投稿時点での税法、会計基準、会社法その他の法令に基づき記載しています。また、読者が理解しやすいように厳密ではない解説をしている部分があります。本記事に基づく情報により実務を行う場合には、専門家に相談の上行うか、十分に内容を検討の上実行してください。当事務所との協議により実施した場合を除き、本情報の利用により損害が発生することがあっても、当事務所は一切責任を負いかねます。また、本記事を参考にして訴訟等行為に及んでも当事務所は一切関係がありませんので当事務所の名前等使用なさらぬようお願い申し上げます。