第900話 市川海老蔵さんから学ぶ親族間の貸し借り
フリーアナウンサーの小林麻耶さんが、義弟で歌舞伎役者の市川海老蔵さんに貸した9千万円について返済されていないと暴露し話題となっています。借りたお金を返済していないのが事実ならば、国税当局から借金が「贈与」だと認定されて多額の贈与税が課される事態に発展しかねません。コロナ禍で調査件数が減少し、ターゲットを絞った重点調査に乗り出す中、国税当局がおおっぴらになった著名人の金銭問題を見逃すはずはありません。
麻耶さんのユーチューブで公開した動画の発言内容から、この借入は海老蔵さんが2016年2月にアラブ首長国連邦で開催した歌舞伎公演に関連した貸与と見られています。
海老蔵さんは麻耶さんから多額の借入金があり返済していないのが事実だとしますと、贈与税の納税義務が生じる可能性が出てきます。親と子、祖父母と孫など親族間のお金の貸し借りでは、返済や利払いの取り決めをせず、金銭貸借契約書も残さないケースが見られますが、貸し借りの事実を主張する要件を満たさずに国税当局から「贈与」と認定されてしまえば、否応なしに贈与税の課税対象となってしまいます。
贈与税は贈与額が高ければ高いほど税率が高くなる累進課税となっており、最大で55%に達します。もし海老蔵さんが借り受けたとされる9千万円に丸々贈与税が課されますと、約4490万円の贈与税が発生します。
贈与事案に対する実地調査の件数は、コロナ禍が直撃した2020事業年度は1867件となり、前年比で44.7%と大幅な減少となっています。調査の数を打てない当局は、事前の情報収集に時間をかけて、ターゲットの選定を念入りに行っています。親族間の金銭貸借を含む資金移動は銀行預金などの履歴を調べれば簡単に証拠が見つかりますから、今回のニュースをきっかけにチェックが一層入念になるでしょう。
子供に対する3430万円の貸付金が贈与にあたるとした2003年の津地方裁判所の判決によりますと、「親族間で財産的利益の付与がされた場合には特別の事情が存在しない限り、贈与であると認めるのが相当である」と判示しています。同様の事案を取り扱った2011年の宮崎地裁判決でも「貸与であることが明らかな場合でない限り、贈与があったものと認めるのが相当」としています。いずれの判決でも、租税回避の手段としてされることが少なくないため事実上の贈与として取り扱われており、金銭の貸借だと主張するには当事者間で金銭消費貸借契約があったと明確な証拠を提示しなければならないとされています。
親族間の資金移動が金銭の貸借だと主張する為の要件について、判例や国税庁のタックスアンサーを踏まえますと、少なくとも3つの要件を満たす必要があります。
一つ目の要件は、金銭貸借があったと証明するための契約書の作成です。金銭の貸し借りを含め、契約そのものは口頭であっても当事者間の合意さえあれば成立しますが、第三者に契約の存在を主張するには書面の証拠がなければ難しくなります。前出の2つの判例におきましても、いずれもお金の貸し借りに関する契約書が残されていなかったのが、金銭貸借ではなく贈与と見なされる判断材料となりました。
証拠として残す契約書には、借主のみが署名捺印する「借用書」と、当事者双方が署名捺印する「金銭消費貸借契約書」の2種類があります。いずれを選択しても証拠としての能力に大きな差はないものとされていますが、原則として2通作成し、貸し手と借り手の両者が手元に保管できる金銭消費貸借契約書の方が、紛失などの間違いが起こりにくくなります。また贈与を貸借とごまかすために金銭消費貸借契約書を間に合わせで作成したと国税当局や裁判所に疑われないようにするため、作成時には公証役場で確定日付印を押してもらっておくとよいでしょう。
二つ目の要件は返済履歴の証明です。国税庁のタックスアンサーでは、「実質的に贈与であるにもかかわらず形式上貸借としている場合や『ある時払いの催促なし』または『出世払い』というような貸借の場合には、借入金そのものが贈与として取り扱われます」と説明しています。現金のやり取りは証拠として残りにくいので、返済については手間がかかりますが、履歴が残る銀行振込で行うといった工夫が必要となります。
最後の要件は利子の設定です。借入金が無利子だと「利子に相当する金額の利益を受けたものとして、その利益相当額は、贈与として取り扱われる場合があります」(国税庁のタックスアンサー)とされています。契約書の作成時には借入金に係る利子を忘れずに設定・記載し、返済時も利子を含めて行うようにしてください。
なお、国税当局の通達を見てみますと、夫婦間や親子間といった「特殊の関係がある者」の間で交わされた無利子の金銭貸借は「その利益を受ける金額が少額である場合には、強いてこの取扱をしなくても妨げないものとする」との記載があり、必ずしも利子を契約に含む必要はないとの見方もあります。ただ通達のいう「少額」の指す具体的な金額は示されていません。無用なリスクを避けるためには、親族間の金銭貸借であっても利子を設定しておくに越したことはありません。
良かれと思ってした貸付で税負担が発生しないよう、親族間の金銭の貸し借りは慎重に行う必要があります。
文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所
所長 栁沼 隆
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