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 相続人の少なくとも3割が、亡くなった人のネット銀行口座や仮想通貨といった「デジタル通貨」を発見できていないとの調査結果が発表されています。遺産の一部が後から発覚すれば遺産分割協議のやり直しが必要なだけではなく、最悪のケースでは雪だるま式に膨らんだ延滞税が課される事態に陥ります。さらに国税当局は近年、金融機関や事業会社への照会ルートを構築することでデジタル資産の徹底的な洗い出しを図っており、いったん税務調査に入られてしまえば税務職員による〝お目こぼし〟も〝見落とし〟も期待できません。デジタル資産の相続リスクが顕在化している今、トラブルのパターンを確認し、首尾よく引き継げるよう万全の対策を講じておかなければなりません。

インターネット上で管理する無形の資産を「デジタル資産」といいます。具体例として

①ネット銀行やネット証券の口座

②仮装通貨やNFTといった暗号資産

③電子マネーの残高

といったものがあります。総務省によるとスマートフォンやパソコンなどのインターネットに接続可能な電子機器の世帯保有率は97.3%に上っており、いまやほとんどの人が何らかのデジタル資産を保有している状況です。

 〝デジタル資産〟が相続によって〝デジタル遺産〟に変わったとき、問題になるのは相続人にとっての見つけづらさです。通帳で管理している現預金や土地・建物といった不動産などのアナログ資産であれば現物や通帳、登記などがあるので把握しやすいですが、一方のデジタル資産はオンライン上で管理されているので相続人が存在に気付きにくくなります。さらにデジタル資産の存在は把握していても、端末やサイトにログインできず手詰まりになるケースも少なくありません。IT関連の市場調査を行うMMD研究所がデジタル資産を相続した人を対象に実施したアンケートによると「オンライン上で管理していた金融機関の情報がわからなかった」(34.1%、以下複数回答)、「契約しているサービスのログイン情報がわからなかった」(31.7%)、「端末のロックが解除できなかった」(27.5%)、「必要な情報を知る前に端末を初期化してしまった」(26.3%)となっており、デジタル資産を見つけ出すのは困難であることがわかります。

 相続人がデジタル資産を発見できないことにより発生するリスクは、大きく分けて3つあります。

 一つ目は、遺産分割協議がやり直しになるリスクです。相続人たちの間で遺産分割協議が成立していたとしても、後から別の財産が見つかれば一からやり直す必要が生じます。ネット銀行やネット証券の中にはオンライン上で手続きを完結させるところもあり、郵便物などの資料が手元に残っていないことがあります。また、オンライン上のデジタル資産の存在に気づいても、IDやパスワードがわからなければアクセスできません。

 二つ目は、相続人の知らないうちに金銭的な損失を被るリスクです。仮にネット証券を通じて信用取引していた株式の価値が暴落してしまっていれば、担保として差し入れている保証金の不足分を補填するための追加保証金の支払いが必要になります。また反対にリスク資産の価値が高止まりしていれば、当然ながらその分だけ納めなければならない相続税額が膨らみます。さらにスマホアプリの定額課金サービスのような利用料の支払債務が発生する「負のデジタル資産」があれば、解約が遅れるほど支払額がかさんでしまいます。

 そして3つ目のリスクは雪だるま式に膨らんだ延滞税の支払です。相続税の納付期限は原則として被相続人が死亡した日から10カ月となっており、遅れた分には年率7.3%、2カ月経過後は年率14.6%の延滞税が課されます。さらに相続人自身がデジタル資産の存在に気づけず、国税当局から申告税額の更正を受ける事態に陥れば、過少申告加算税の発生により最大15%を上乗せして納めなければならなくなります。相続税の税務調査が入るのは基本的に申告から1~2年後で、遅ければ5年後に実施される場合もあります。相続人が気づかないうちに延滞税額が積もり積もって多額に上ってしまうことは珍しくありません。

 相続人がデジタル資産を見つけ出すのは非常に困難な一方、いまや国税当局にとっては朝飯前のことです。

 2020年には、申告漏れが多発している仮装通貨やNFTなどの暗号資産について、国内の取引所へ顧客の氏名や住所、取引情報の照会を行える体制を整えています。これにより、取引所に照会を求めることで、利用者の取引実態を実質的に把握できるようになりました。仮に相続人が暗号資産の存在を知らなくても、国税当局は取引所のデータを基に運用実態を洗い出せます。

 続いて2021年には、金融機関に対する口座照会のオンライン化を実現しています。国税当局には死亡した本人の保有する預貯金口座や証券口座を調べる権限があります。紙ベースで行われていた従来の照会手続きは文書作成や発送手続きなどに手間がかかりおおむね2週間程度かかっていましたが、オンライン化された現在は最短即日、長くても3日ほどで照会できるようになっています。

 デジタル資産の相続に関して国税当局と相続人の間で広がる情報格差については国会でも問題視されていますが、具体的な法整備には至っていません。デジタル資産の相続について初めて取り上げられた2020年1月8日の国会答弁では、日本維新の会の串田誠一議員の「そもそも形のないデジタル遺産を、遺族はどうやって把握すればいいのか」という問いに対し、当時金融庁監督局長は「基本的には遺族自身で金融機関に問い合わせてもらう必要がある」と自力での解決を求めました。また「遺族自身がすべての金融機関を把握するのは現実的ではない」との指摘に対しても、「税理士などの専門家に遺産整理を依頼して、口座の有無を確認すればいい」とし、あくまで現行制度内での対応で足りるとの見解を示しました。結局のところ、デジタル資産の相続をスムーズに行うには、残す側が事前に対策を講じておくしかない状況です。

 デジタル資産を円滑に引き継ぐには、デジタル資産のありかとログイン用のID・パスワードを伝える必要がありますが、プライバシーなどを考えますと生前にすべて伝えておくのは現実的とは言えません。

 そこで、自分の死後に必要な情報を伝える方法を大きく分けて3つ紹介します。

 一つ目の方法が、必要な情報を列記した「エンディングノート」の作成です。遺言書と異なり書式が自由なので、必要な情報をいつでも気軽に書き残しておけます。しかし、単なる〝メモ〟にすぎませんので法的な拘束力はなく、災害により紛失してしまうリスクや、そもそも相続人が発見できない恐れもあります。

 これらの欠点を補う二つ目の方法として考えられるのが、金融機関や事業会社が提供しているデジタル資産管理サービスの活用です。例えばみずほ信託銀行が扱っている「プライベートデータ信託〝未来への手紙〟」では、専用サイトを通じてデジタル端末の保管場所や各種サービスの契約情報といった情報を預けておけば、相続発生時にあらかじめ指定しておいた受取人に引き継ぐことができます。同サービスの利用手数料はひと月当たり500円程度となっています。

 そして、金融機関のみならず任意の誰かにデジタル資産の処分を任せられるのが3つ目の方法である「死後事務委任契約」の締結です。死後事務委任契約とは、本人が亡くなった後に死亡届の提出や葬儀の手配、医療費の支払といった各種手続きを本人に代わって行うよう依頼する契約を指します。もっとも過去には相続人である家族以外と死後事務委任契約を締結した結果、家族と受任者の間で裁判沙汰になったケースもありますので、誰に委任するかは慎重に検討する必要があります。

 デジタル資産の相続は深刻なリスクがあるにもかかわらず、エンディングノートの作成や遺言書の用意といった生前対策を実施している人はごく少数です。MMD研究所が実施した調査によりますと、70代でデジタル資産の生前対策を実施している人はわずか1%にとどまります。また今後「行う予定がある」とした人も15.3%に過ぎず、実に83.8%が「行う予定がない」としているのが実情です。

 国民のほとんどがインターネットを利用するようになっている今、デジタル資産の生前対策はだれにとっても見過ごせません。相続の一大テーマとなってきています。相続人が思わぬトラブルに巻き込まれる事態に陥らないよう万全の対策を講じたいものです。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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