第1042話 破産とインボイス制度
債務整理にはいくつか方法がありますが、裁判所に破産を申し立てるのは、他の方法を検討しても返済ができないと判断した場合です。破産をすればほとんどの債務は返済する必要がなくなります。これを「免責」といいます。
ここで「ほとんどの債務」といったのは、破産をしても免責されない債務(非免責債務)があるからです。例えば悪意を持って他人に与えた損害賠償金や、養育費、従業員の給与などは免責されません。これらは免責されると社会が混乱し、支払われるべき相手が生活に困る性質のものだからです。
これら以外にも忘れてはならない非免責債権があります。それが公租公課、つまり税金や社会保険料です。これらは破産しても免責されずに残ってしまい、破産した者の生活再建の妨げになりやすい性質のものです。
しかも公租公課は、簡単に差し押さえができます。私人間の借金等なら裁判を経て判決を取り、それから相手の預貯金口座等を探し出して、差し押さえを申し立てるというように、非常に時間と労力を要します。これに対して公租公課は、国や自治体に財産の調査権がありますし、判決等を取らずとも差し押さえが出来てしまいます。
さすがに国や自治体が市民生活に支障が出るようなことはしないだろうと思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、年金や児童手当といった差し押さえが禁止されている給付にもかかわらず、預金口座に入った瞬間に、差し押さえるという過酷な事例も実際に起きています。
そして消費税もこの公租公課に入りますので、破産をしても免責はされません。特に問題になるのは個人事業者です。役員個人に納税義務のない会社等に対して、個人事業主の場合は個人に納税義務がありますので逃れようがなくなります。
消費税は滞納の多い税金で、国税庁によると令和4年度末の国税の滞納処理中の総額8949億円の内、3409億円が消費税の滞納で、最も多い税目となっています。この理由として消費税が売上に対してはほぼ100%課税されるのに対して、控除項目のうち最も割合が大きい人件費に対しては消費税の控除を認めていないことにより、結果として損益が赤字でも消費税を支払わなければならない状況が生まれることがあります。売上高に占める人件費の割合の平均は、小売店で20%~30%、サービス業で40%~60%とされています。所得税や法人税が利益に課税されることを考えますと、非常に過酷な税金といえます。滞納すると延滞税も課されますので、どんどん延納額が膨らんでしまいます。
ただでさえ中小事業者はコロナ禍以降、経営困難な状況にあります。社会福祉協議会の特例貸付やゼロゼロ融資で凌がれた方も多いかと思いますが、この貸付や融資の返済も始まり、今後破産を選択する方も増えてくるのではと推測します。その際、インボイス制度によって課税事業者になっていれば、免責されない消費税が残ることになります。
頑張っても返すことのできない債務を背負った時に、破産をして借金が免責され生活を立て直すことは、命や尊厳を守るための大切な権利です。それを国が奪うことにつながるおそれがあるという意味でも、インボイスは許容できるものではありません。
私たちが通信販売を利用した場合に、その荷物を運ぶ軽貨物ドライバーの多くが免税事業者である個人事業主といわれています。また農産物を生産している農家の9割が免税事業者です。この人たちの廃業が相次げば社会は大混乱に陥るでしょう。
私たちの社会は想像以上に小規模事業者によって支えられています。インボイス制度は、社会を崩壊させる要素が多分に含まれている制度であることを政府はもっと理解すべきです。
文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所
所長 栁沼 隆
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