第1138話 遺言と未分割

相続税の取り扱い上、疑義があることの一つに、遺言書と未分割の関係があります。いわゆる〝争族〟を避けるために、あらかじめ遺産の配分を決めておく遺言書を、被相続人が書いておくべきだといわれています。加えて各相続人の遺産に対する権利である遺留分を侵害しないよう配慮した遺言書であれば、争族のリスクをさらに大きく減らすことができます。
その一方で、被相続人の遺言書については、相続人全員が合意すれば撤回することもできるとされています。撤回した場合、取り扱いとしては遺言書がない場合と同様、相続人全員で遺産分割協議をして、遺産の取得者を決定することになります。
ここで問題になるのは、遺言書を撤回した後の遺産分割協議書が、相続税の申告期限までにまとまらなかった場合です。通常、遺産分割協議がまとまらなければ、相続財産は未分割として、暫定的な相続税の計算をすることとなっています。あくまでも暫定的な計算となりますので、小規模宅地の特例や配偶者の税額軽減など、相続税の計算上大きなメリットがある制度は、未分割のままでは適用されず、分割が確定した後に使うことができるようになります。
遺言書がない通常の未分割であれば、このように処理して終わりですが、遺言書がある場合には、そもそも未分割になることはないといった考え方があります。なぜなら、いったんは相続が発生した時点において、遺言書で指定された相続人が財産を取得したことになるとされているからです。このため、遺言書を撤回して分割がまとまれば、そのまとまった分割で申告すればいいものの、まとまらずに相続税の申告期限を迎えた場合、遺言書がある以上は未分割などありえないため、遺言書の通りに申告すべきという見解があります。
その一方、国税庁のホームページには、遺言書があっても撤回ができるので、撤回した後の状況で相続税の申告ができるとあります。この点を踏まえれば、撤回したものの申告期限内にまとまらない場合には、未分割で申告すべきと結論付けられます。
この点については、専門家の間でも見解の相違があり、裁決例などにおいても事案によって判断が分かれています。
困ったことに、どちらで申告するかで税負担や今後の相続税の手続きが大きく変わってしまうため、早期に税務当局は公的な見解を公表すべきと考えます。
ただし、遺言書の中には特定の遺産の取得者を決める「特定遺贈」ではなく、遺産の一定割合を定めて遺産の取得者を決める「包括遺贈」というものがあります。包括遺贈の場合には、遺言書があっても個別具体的に取得者がわかりませんので、申告期限内に具体的な取得者が決まらなければ、未分割として申告せざるを得ないと考えられています。
文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所
所長 栁沼 隆
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