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 2年前に急性覚せい剤中毒で亡くなった「紀州のドンファン」こと野崎幸助氏の遺産の全てが、同氏が住んでいた地方自治体に寄付されることになり注目を集めています。「いい女を抱くために俺は金持ちになった」と豪語して美女4千人に30億を貢いだという野崎氏の遺産は、総額で13億円を超えると言われています。55歳年下の若妻が相続するか、長年貢献した家政婦にも一部渡るかと憶測が飛び交いましたが、遺産は全て野崎氏が生前住んでいた和歌山県田辺市に寄附されることが昨年9月、明らかになりました。野崎氏の死後に発見された本人直筆の「全財産を田辺市に寄付する」との文書につき、和歌山家庭裁判所が遺言書としての形式的要件を満たしていると判断したことを受け、田辺市では氏の遺産を受け入れる旨を明らかにしたのです。

 今回は野崎氏の件に触れつつ、相続税の節税にもなる遺産の寄付について考えてみましょう。

 

①遺言で寄附する

地方公共団体などの公益性が高い相手に遺産を寄付すると、寄付した分の相続税は非課税となるので相続税を減らすことになります。遺された遺産が、不動産や骨董品、有価証券など換金に時間のかかるものが大半を占めると、相続した人は納税資金が悩みの種となりますが、遺産を寄付して課税価格を減らせば、その分相続税を節税することができます。

 寄付で相続税を減らすには2つの方法があり、一つ目は「遺言で寄付する」という方法、二つ目は「相続人や受遺者が受け取った財産を後から寄付する」方法です。

 「遺言で寄付する」とは、財産の持ち主が生前に作成した遺言書の中で「全財産を○○公益法人に遺贈する」や「A土地を○○市に遺贈する」などと特定の個人や団体に寄付する旨を明らかにすることです。寄付といっても形式は遺贈となります。遺贈は本来、財産を受ける側が個人なら相続税が、法人なら法人税がかかりますが、寄付先が次のいずれかに該当しますと、受け取る側には相続税も法人税もどちらもかかりません。

【寄付先が個人】

社会福祉事業や学校運営事業、宗教や慈善・学術や更生といった公益目的の事業を行う個人で政令の規定の対象となる人(人格のない社団や財団を含みます)

【寄付先が法人】

国・地方自治体、教育・科学の振興、文化の向上や社会福祉への貢献といった公益の増進に著しく寄与する法人(特定の公益法人)

 

なお、遺言での寄付は、渡す財産の配分割合を示す包括遺贈だけではなく、渡す財産を具体的に指定する特定遺贈も可能です。

ただし、遺言で寄付するときは、受け取る側や寄附内容にも注意が必要です。

まず、個人への寄付ですが既述の要件に該当する個人に遺言で寄付しても、寄付を受けた側が財産取得日から2年以内に財産を公益事業用としなかったり、私的に流用したりすると、相続税を納めることになります。

次に、法人への寄付ですが、特定の公益法人へ寄附するのなら、寄附内容に気を配る必要があります。寄付する財産が金銭以外の不動産や有価証券であれば、財産を譲渡したものとみなされるため、譲渡所得税の準確定申告をしなければなりません。ただし、寄付先が寄附を受けてから2年以内に財産を公益事業に充て、かつ遺言の寄付が遺贈した人の所得税や親族の相続税・贈与税の課税回避につながらないのであれば、所得税は非課税となります。

 これらに加え、「配偶者や親族の遺留分を配慮したうえで遺贈する」「寄付先の負担にならないよう特定遺贈にする」「公正証書遺言にする」といった対策も重要です。野崎氏の遺言による寄付は、これらの対策がなかったため、現在問題が生じています。

 

②相続人・受遺者が寄附する

相続税を減らす二つ目の方法は、相続人や受遺者が引き継いだ財産を国や自治体、特定の公益法人に寄附をするというものです。実際には、寄附先の要件に加え、次の2つの要件を満たす必要があります。

・寄付する財産が相続や遺贈で取得した財産であること(みなし相続財産を含む)

・相続財産を申告書の提出期限までに寄付すること

 

具体的な手続きとしては、この非課税の規定の根拠である租税特別措置法第70条の適用を受ける旨を相続税の申告書に記載し、寄附先の国や地方自治体、特定の公益法人が発行した所定の書面を添付して提出することになります。

相続財産の寄付で節税できるのは相続税だけではありません。寄付をした相続人や受遺者の所得税につき寄付金控除の適用も受けられます。なお、相続人や受遺者の寄付先が個人だと、たとえ公益事業を行っている人相手でも非課税にはなりません。つまり、相続税を非課税にするなら、寄附先は国か地方自治体か特定の公益法人でなくてはならないのです。

 

相続人や受遺者による寄付の非課税にも二つの注意点があります。

 一つ目は、寄附先が特定の公益法人なら、寄附以前から存在する法人でなければなりません。つまり、公益法人を設立する目的での寄付は非課税にはなりません。

 二つ目は、公益法人が寄附を受けて2年を経過する日までに公益事業を維持し、かつその受け取った財産を公益事業に充てなくてはならないことです。公益法人への寄付を隠れ蓑にした課税回避も非課税になりません。このほか、寄附する財産が金銭以外だと相続人・受遺者側に譲渡所得税が生じます。

 

 野崎氏の遺産相続の件は「自治体に寄附」で丸く収まったかのように見えますが、3つの問題点があります。

 一つ目は、自治体側の負担です。寄付も通常の相続や遺贈と同様に、受け取る側が不動産の鑑定評価や名義変更といった法的手続きを行わなくてはなりません。当然この手続費用の源泉は市民の税金です。野崎氏のケースでは、弁護士報酬を含め1億8千万円超の手続費用を予算の一部として編成し、市議会の承認を得ました。今の時点では13億円もの財産が市民のものとなるのですから仕方ないのかもしれませんが、今後費用が増加すれば、市民から不満の声が出る恐れがあります。

 二つ目は相続人の遺留分への配慮です。野崎氏の寄付は田辺市への包括遺贈についてしか遺言に書かれていないため、市は妻の遺留分への侵害を避けるべく、話し合いを行わなくてはなりません。

 三つめが遺言の法的有効性です。遺言書は野崎氏の手書きである為、兄弟姉妹から無効確認の訴えが提起されています。確実に寄附を実行するなら、公正証書遺言にすべきだったのです。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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