第790話 配偶者居住権の功と罪
夫に先立たれた妻が遺産分割後も住み慣れた自宅に住み続けられることを保障する「配偶者居住権」制度が去年4月から施行されています。元々は子供との関係が良好でない夫婦のために創設された制度で、使いこなすと家族間の「争族」が防止でき、また税金も払わずに済むという至れり尽くせりの感があります。しかし一方で、やり方を間違えると大きなトラブルになる危険性が孕んでいることがわかってきました。創立間もない配偶者居住権の功罪を検証してみましょう。
配偶者居住権創設により、家の権利を配偶者居住権と負担付所有権とに分け、それぞれの評価額で相続できるようになりました。これまでは家の評価額を遺産総額に含めて計算していたので、不動産評価額が高額になると、自宅を配偶者が相続することで預貯金の相続分が減り、生活費が不足してしまうケースも多く見られました。長年住み続けていた自宅から、相続をきっかけとして配偶者が追い出されてしまうという悲劇も、稀にですがありました。
配偶者居住権の評価額は平均余命などを基に算出され、配偶者が高齢であるほど安くなるように設定されます。子供は自宅の所有権を受け継ぐので、これまでのように遺留分を請求することはなくなります。仮に子供が自宅を相続しても、妻はこの権利を用いて最期まで住み続けることができます。法定相続分が5千万円だとすると、配偶者居住権の評価額が3千万円なら、残りの2千万円は現金で相続できるので、老後も安心して過ごすことができます。
これまで配偶者居住権が使われるのは親子間の関係がよろしくない稀なケースとされてきましたが、子供との関係が良好な夫婦が配偶者居住権設定することにより節税策として活用できることでも注目されています。妻の死亡時の2次相続で相続税を避けられるというメリットがあるからです。
1億円の自宅を相続したとして、妻は5千万円の居住権、子は5千万円の所有権を得たとします。その後、妻が亡くなると、子供は自動的に1億円の自宅を相続したことになります。つまり、居住権の5千万円部分をまるまるただで節税できることになります。
配偶者居住権は配偶者の生活安定を目的としていますので、売買や譲渡は出来ません。設定後に配偶者がお亡くなりになりますと居住権は自動的に消滅し、自宅とその敷地の所有者には居住権部分の相続税は課税されません。しかし、この制度がすべてバラ色かというとそうではなく、効果的とされる節税には制限があります。
配偶者が亡くなった際の2次相続では、相続人である子供が330㎡までの自宅の土地の課税対象額を80%減額できる「小規模宅地等の特例」の適用か可能かどうかが大きなポイントになります。この特例は、別居している長男が適用を受けるには1次相続では、被相続人の配偶者がおりますので、子供が同居していることが第一条件となり、自宅相続してもこの特例は適用できません。しかし2次相続については、別居であっても、持ち家がない子供ならある条件の元、特例適用が可能な場合があります。いわゆる家なき子特例と言われるもので、これについては平成30年の改正で適用条件がより厳しくなっておりますので注意が必要です。
適用が可能であれば、あえて配偶者居住権を使わない節税策も考えられます。
そもそも配偶者には様々な相続の特例があり、1億6千万円まで適用される配偶者控除で1次相続の際に相続税を抑え、2次相続では子が小規模宅地等の特例を使うことにより、より節税額が大きくなる場合があります。
逆に子供が既に自宅を所有するなどして小規模宅地等の特例の条件を満たさない場合は、1次相続で配偶者居住権を活用した方が2次相続での相続税負担が軽くなります。いずれにせよ、あらかじめ相続税額を試算して有利不利を判断する必要はありそうです。
所有権を相続した子供との不仲が深刻であれば、土地を第三者に売り払われてしまう可能性も否定できません。配偶者居住権は建物についての権利であり、土地には及びません。土地を売ったお金は所有権のある子供のフトコロにしか入らず、妻は敷地を無償使用しているだけなので、登記がなければ新たな敷地所有者に対しては居住権を主張できません。
その登記をするにも、亡夫が「配偶者居住権を妻に遺贈する」と書き、遺贈したとしても、所有権を相続する子供と居住権を得る妻が一緒に手続きをする必要があります。子供との関係が良好ではない夫婦のために創設された制度のはずが、子供の協力なければ、安心して老後を暮らすことができないことは腑に落ちません。
また配偶者居住権を設定した後、配偶者が介護施設に入居せざるを得ない状況も想定されます。入居金を払うために配偶者が居住権を換金したいと考えても、民法上居住権は売却できません。所有者の許諾なしに売却も譲渡もできないのです。一度設定してしまうと、配偶者はそのまま住み続けるしかありません。病気を患って老人ホームに入ろうにも、自宅を売却して入居費に充てるといった選択肢がとれないのです。また売却できないことにより担保価値が下がり、いざという時のお金の借入も困難となります。仮に所有権を持つ子供と合意すれば、配偶者居住権を消滅させ、その代償として子供から金銭を受け取ることは出来ますが、配偶者には所得税などが課されることになります。
居住権を選択しても配偶者が家を失うことを避けるためには、所有権を誰に渡すかを慎重に判断すべきです。
文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所
所長 栁沼 隆
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