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 3年前、覚醒剤中毒で怪死した「紀州のドンファン」こと野崎幸助氏。彼の死をめぐり長年捜査が続けられた結果、55歳年下の妻が殺人と覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕されました。ここで気になるのが、野崎氏の妻の相続権です。殺人容疑で逮捕となれば、彼女の相続権に影響します。相続の欠格事由に該当するからです。

 最初に、民法が定める「相続の欠格」を考えてみましょう。

 相続の欠格とは、「被相続人を殺す」「生前の被相続人を脅して遺言書を書き替えさせる」など、被相続人に対して背信的な行為をした相続人の相続権を失わせる制度です。次のいずれかに該当すると相続欠格になります。

 

①故意に被相続人又は同順位以上の相続人を死亡させ、または死亡させようとしたがゆえに刑に処せられた

②被相続人が殺害されたのを知りながらも告発や告訴を行わなかった

③詐欺・脅迫で被相続人に相続に関する遺言の作成・撤回・取消・変造を防げた

④詐欺・脅迫で被相続人に相続に関する遺言の作成・撤回・取消・変造をさせた

⑤相続に関する被相続人の遺言書を偽造・変造・破棄・隠匿した

 

欠格は「廃除」と違って特別な手続きや訴えは必要ありません。この5つの事由のいずれかに該当すれば相続権を失います。そうなれば遺留分も請求できません。遺贈があっても受け取れなくなります。

なお、欠格になれば、死亡同様に下の世代の直系血族が相続人の地位を引き継ぎます。子が欠格となったなら、孫がその地位を代襲して相続人になるわけです。

③から⑤は「相続人である自分にとって有利であるように」という故意が必要です。

 一方、①は「殺意があれば該当する」ことになります。②は①と同じくらい悪質とみられると欠格になりますが、「善悪の判断がつかない」「殺人の事実を知った人が加害者の身内である」といった例ならば対象外です。

 今回の野崎家の相続の場合、若妻が①の事由で相続欠格になる可能性があります。ただし、「容疑をかけられた」「逮捕された」段階では欠格になりません。刑が確定して初めて欠格になるのです。

 「欠格=あらゆる相続で財産をもらえない」というわけではありません。欠格は、背信行為の対象となった特定の人の相続に限った話です。もし親を殺して相続欠格となっても、祖父母や兄弟姉妹に対する相続権まで失うことはありません。野崎氏の若妻でいうなら、仮に夫殺しで刑が確定しても、実の両親や兄弟姉妹の相続人の地位は維持できます。

 欠格は相続資格を失うことを意味します。遺留分も含め、相続権がなくなります。仮に生前、野崎氏が特定の財産を遺すべく遺言書を作成していたとしても、若妻はその遺贈も受け取れません。

 ただし、「被保険者・保険料負担者=野崎氏」「受取人=若妻」である死亡保険金は相続欠格となっても受け取れます。被保険者の死亡によって支払われる生命保険金は民法上の相続財産ではなく、保険契約に基づいて支払われる相続人固有の財産だからです。もし生前に野崎氏がこのような生命保険契約を行っていたのなら、若妻の実刑判決が下っても生命保険金を受け取ることができます。ただし「欠格が生命保険契約の内容に影響しなければ」という条件付きです。

 それでは会社経営していた野崎氏の死亡退職金についてはどうでしょうか?こちらについても基本的には相続人固有の財産となります。そのため理論上は相続欠格でも受け取れます。ただ「若妻の受け取りが認められるかどうか」です。

 役員が受け取る退職慰労金は通常、株主総会の議決後、取締役会で支給額・支給時期などを決めます。故人の妻に支給するのが一般的ですが、野崎家のケースだと若妻に夫殺害の容疑がかかっています。さらに、若妻は事件の2カ月後、取締役会の議決なしに代表取締役に就任、自身の役員報酬を年1億7000万円にしたようです。もし実刑判決後に死亡退職金の議決が行われるのなら、こういった違法行為に鑑み、彼女以外の親族に支給する方向になるでしょう。

 妻が相続欠格となったら、相続の手続も遡ってやり直さなければなりません。それでは、相続税が変わる点をご紹介しましょう。

 「法定相続人の数」が計算要素となる基礎控除額や死亡保険金・死亡退職金の非課税額が変わります。基礎控除額は「3000万円+(600万円×法定相続人の数)」、死亡保険金・死亡退職金の非課税枠は「500万円×法定相続人の数」で算出します。

 野崎氏の相続人は若妻と6人の兄弟です。もし若妻が相続欠格にならなければ、法定相続人の数は7人、基礎控除額は7200万円、非課税枠は3500万円ですが、若妻に実刑判決が下って相続欠格となったら、法定相続人の数は6人となり、基礎控除額は6600万円、非課税枠は3000万円に変わります。

 死亡保険金や死亡退職金の非課税枠は、相続人として財産を引き継げば適用されます。しかし相続放棄をしたり、欠格や廃除で相続権を失ったりすると適用できなくなります。結果、若妻が死亡保険金や死亡退職金を受け取ったとしても、非課税枠は使えなくなります。

 ちなみに野崎氏の死亡退職金が仮にこれから検討され、支給が確定するのなら、相続税ではなく所得税の対象となるでしょう。相続税がかかる死亡退職金は、死亡から3年以内に支給額が確定したものに限られているからです。

 「欠格=相続人の地位を失う=相続税が一気に増える」というイメージを持ちがちですが、実際はそうとも限りません。特に配偶者は、妻や夫を殺して死亡保険金や死亡退職金を受け取っても納税額が0円になる可能性があります。それは節税効果の高い次の2つの制度の対象となるからです。

 

  • 相続税の2割加算の適用なし
  • 配偶者の税額軽減

 

 この2つの制度は「相続人」を条件としていません。2割加算は「被相続人の一親等の血族及び配偶者」以外が対象です。また配偶者の税額軽減の対象も「配偶者」とされているだけで、相続権の有無は関係ありません。つまり刑に処せられる若妻が死亡保険金や死亡退職金を受け取ったとしても、「配偶者である」だけで納税額はかなり抑えられることになります。ただし「求められる細かい手続きをすべてクリアしたら」という前提条件付きです。

 野崎氏が豪語していた「一回30万円」でセックスを買う行為は、娼婦に対するもので、恋した相手に対するものではありません。信頼で人間関係を築く人なら、会話でお互いを理解することから始めるでしょう。野崎氏の悲劇は、年齢差によるものではなく、「人間関係はすべて金」という彼自身の価値観によるものかもしれません。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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