第899話 ペット
新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて自宅で過ごす時間が増えたことにより、犬や猫といったペットの人気が高まっていますが、多くの飼い主の間で心配の種になっているのが、自分の死後のペットの処遇です。自分の死後も家族が同様にペットを愛してくれるかどうかは大きな不安要素になっている事でしょう。現行法ではペットに遺産を渡すことは出来ません。自分の遺産をペットのために使ってもらうためには3つの制度が考えられますが、それぞれに長所短所があり、計画的に導入しなければ想定外の税負担が発生します。
ペットフード協会によりますと、犬の平均年齢は14.66歳、猫は15.66歳となっており、60~70代で飼い始めたとすれば飼い主の死後もペットが生き続ける可能性は大いにあります。飼い主が面倒をみられない状況に陥ることを見据え、対応策を考えておく必要があります。
飼い主の死後にペットへ、一定の財産を相続する制度が認められているアメリカでは、飼い主のセレブから多額の相続財産を受け取ったペットに度々注目が集まりました。2007年にはエンパイア・ステート・ビルをはじめとするニューヨークの高級不動産やホテルチェーンを手掛けたレオナ・ヘルムズリー氏が相続人である孫2人には財産を譲らず、かわりに愛犬「トラブル」に対して1200万ドル(約12億6千万円)を遺して話題となりました。高級ホテルのシェフが調理するペットフーズや一流美容室でのグルーミングなど、トラブルにかかる生活費は年間1千万円に上ったといいます。また2021年にはデネシー州の経営者ビル・ドリス氏の飼い犬「ルールー」が500万ドル(5.2億円)の資産を相続したと英BBCで取り上げられました。遺産はルールーの食費や毎月の世話代に充てられています。
一方、日本ではペットに直接財産を譲り渡す制度自体ありません。民法上ではペットは「動産」にあたり、人間と同じような権利能力は認められず、相続権を持ちません。仮に遺言書に「ペットに現金○○円を分け与える」などと記載しても、法律上無効になります。
配偶者や子供、兄弟姉妹などがペットを進んで引き受けてくれるのであれば一安心と思いがちですが、希望通りのお金や時間を割いてくれるのかの保障はありません。また、終活情報サイト「終活瓦版」での調査によりますと、「相続したくないもの」として、ペットを挙げる人は約1割あり、相続人にとっては遺されたペットが親族間での押し付け合いにまで発展しかねないことがうかがえます。飼い主の死後もペットが変わらぬ暮らしを続けるためには、信頼できる新しい引き取り手を飼い主自身が見定めて、財産を譲り渡し、ペットの世話に充ててもらう必要があります。そのための具体的な方法は、①負担付遺贈 ②負担付死因贈与 ③民事信託 の3つがあります。
①負担付遺贈
「負担付遺贈」とは、残されたペットの面倒をみることを条件に財産を譲り渡す手法です。遺言書に負担付遺贈をするという意思を書き記せば原則として有効になるため、時間もコストも最小限に抑えられる点では最も手軽な対策といえます。
しかし、この制度は、あくまでも受贈者との信頼関係の上で成り立つ制度です。ペットの面倒をみる義務を果たすかどうかは相続人の善意に委ねられてしまうので、最悪のケースでは相続人が金銭だけを受け取ってペットの面倒をみないといった事態も考えられます。愛するペットが放置されてしまうような事態を防ぐには、受贈者が遺言書通りの義務を果たしているかどうか、元の飼い主のかわりに確認する「遺言執行者」を指定するなどの対策が別途必要になります。
またこの制度は、元の飼い主が遺言書で贈与の意思を表示したに過ぎませんので、当事者双方の同意で成り立つ契約のように強制力を持たないため、相続人に拒否されてしまえば負担付遺贈そのものが成立しません。
②負担付死因贈与
「負担付遺贈」のように贈与の意思を拒否されるのを防ぐには、元の飼い主と新たな飼い主との間で合意を結ぶ「契約」を取り交わす必要があります。その仕組みがこの「負担付死因贈与」となります。
負担付死因贈与では、元の飼い主と新しい飼い主との間であらかじめペットの飼育を条件に財産を贈与する贈与契約を交わしておきます。元の飼い主が生きているうちに双方が合意していますので、元の飼い主の死亡によって契約の効力が生じれば、受贈者は原則としてペットの飼育が義務化されます。契約の段階でペットの引き渡し方法や飼育方法、贈与する財産の内容などをあらかじめ協議し、同意を取り付けておく方法です。
ただしこの場合、遺贈する相手によっては相続税の「2割加算」の対象となりますので注意が必要になります。被相続人の一親等の血族や配偶者以外の人が相続や遺贈によって財産を取得しますと、相続税額が2割増しで課税されます。新たな飼い主に税負担が発生し、ペットに引き継ぐはずの資産が目減りしかねませんので、2割分割増でペットに必要な分の資産を用意するなどの対策が必要になります。
③民事信託
負担付遺贈や負担付死因贈与は、飼い主の死後、つまり相続発生後のペットの処遇に係るものですが、飼い主が生前においても認知症の発生や老人ホームの入居によりペットの世話ができなくなることもあります。そこで飼い主が元気なうちにペットの生活を保護する方法が「民事信託」です。
民事信託は2007年から始まった制度で、財産を持っている人(委託者)が、財産の管理を任せる人(受託者)に財産を移転し、受託者が財産を委託者の定めた目的に従って第三者(受益者)のために管理・運用・処分する仕組みを言います。民事信託をペットの事例に当てはめますと、委託者が元の飼い主、受託者が新しい飼い主、受益者がペットとなります。
受託者には信託財産の目的に従って適切に財産を管理しなければならない善管注意義務が発生します。また、信託が確実に履行されているかを第三者により監視する為、ペットの処遇の定期的な確認や資金監督を行う「信託監督人」の設置も可能です。
民事信託を活用するうえでの注意点として、新しい飼い主に管理を任せる財産が多額になればなるほど税負担が膨らむというデメリットがあります。ペットのように「人」ではない受益者を設定する民事信託では、信託財産を受託者へ時価で譲渡したもの(譲渡所得)とみなされて委託者である元の飼い主に課税されます。さらに受託者についても、信託財産の贈与を受けた「会社」とみなされて、受贈益に対して法人税が課されます。このように信託組成にあたっては、元の飼い主と新たな飼い主の双方に思わぬ税金が発生する可能性があると頭に入れておいてください。
ペット自身には遺産を引き継げませんが、これらの制度を用いれば信頼する新たな飼い主に財産を預けてペットの世話を見るよう約束を取り付けられます。愛するペットが安心して暮らしていけるように事前にレールを敷いておくに越したことはありません。
文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所
所長 栁沼 隆
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