第909話 石原家から学ぶ婚外子とのスマート相続
今年2月に亡くなった石原慎太郎さんの相続については、いわゆる「石原4兄弟」の他に婚外子がいたため、世間では遺産を巡るゴタゴタを予想する声もありました。
ですが、そうしたトラブルに発展しているという話は聞こえてきません。これはひとえに、慎太郎さんが婚外子の男性を生前に認知し、しっかりと相続対策を施していたからでしょう。婚外子の認知は家族や世間の体裁から、二の足を踏む方も多くみられます。しかしいざ相続になってから婚外子の存在が発覚すれば、遺産分割はもちろん、企業経営者であれば事業承継にも大きな影響を及ぼします。石原家の相続を参考に婚外子の存在も視野に入れたスマートな相続を考えてみましょう。
慎太郎さんは生前、「死んだ後にガタガタ揉めるのはみっともない」と語り、相続の生前対策に懸命に取り組みました。慎太郎さんが相続対策に熱心だった理由の一つとしているのが、石原4兄弟とは別に家庭外にもうけていた「婚外子」の存在です。
慎太郎さんは、東京都知事に初当選した1999年4月、銀座のホステスだった女性との間に当時20歳前後の婚外子の男性がいると各種メディアで報じられました。記者会見を開いた慎太郎さんは、「若気の至りで、私の不徳だった」と婚外子の存在を認めたうえで、「男としての責任をとるため5年前に認知した」と語りました。認知された婚外子には夫婦間の子供と同等の相続権が発生します。慎太郎さんは婚外子を生前に認知し、石原4兄弟と同等の財産を受け取る権利を与えていたというわけです。
慎太郎さんは婚外子を生前認知したうえで相続対策に取り組みましたが、父親が婚外子の認知を躊躇するケースは珍しくありません。法的にも心理的にも家族関係に直接影響を及ぼしますし、父親にとっては自身の不貞を公にすることに繋がるからです。
ただ認知しないまま「知らぬ存ぜぬ」を決め込んでいても、婚外子の請求により司法の場に持ち込まれれば、認知に至るのはほぼ確定路線でしょう。
父親が自発的に認知(任意認知)をしないとき、婚外子には家庭裁判所を通じて「強制認知」を求める権利があります。強制認知が請求されますと、まずは半年から8か月程度の期間をかけて調停に向けた協議を行うことになります。期間内に話がまとまらなければ裁判での争いになり、DNA鑑定など証拠の提出をもって父子関係の有無が決まります。父親が認知しないまま死亡しても、婚外子は強制認知と同様の「死後認知」を検察官に対して請求できます。
いざ相続になってから婚外子が認知を要求すれば、生前に用意していた遺産分割プランや事業承継計画はおのずと変更を余儀なくされます。
具体的に考えてみましょう。まず、婚外子から強制認知が求められて親子関係が認定されますと法定相続人の数が変わりますので、婚外子が相続財産の請求をしますと、遺言通りの財産分与はできなくなります。法定相続人には最低限の遺産を受け取れる民法上の権利である「遺留分」があり、遺言の内容に関わらず法定相続分の1/2(直系尊属のみなら1/3)を受け取れる権利が保証されています。
もし遺言で婚外子の遺留分を侵害してしまいますと、婚外子から他の相続人に対して現金で支払うよう求める「遺留分侵害請求」が認められます。他の相続人が婚外子の遺留分を自己資金で用意できない状況であれば、相続した家や土地、有価証券を売却するなどしてキャッシュを確保しておかなければなりません。
オーナー企業の経営者であれば事態はより深刻になります。オーナー経営者の事業承継では、経営権を引き継ぐために必要な自社株式の株価が高ければ高いほど、後継者以外の相続人に多額の遺留分が発生することになります。遺留分は多くの資産を受け取った相続人が金銭で支払わなければならないため、相続後に婚外子の存在が明らかになれば、後継者個人が膨大なキャッシュを用意しなければならなくなります。
そこで自社株式を遺留分の対象となる基礎財産から外せる「除外合意」が民法上の特例として用意されていますが、活用するには相続に関する全員の合意が必要となります。
認知請求権を行使されたあとに婚外子の同意が得られなければ、除外合意は活用できません。
さらに生前に認知しない場合には、一定の節税制度が利用できません。認知していない婚外子に対して、親子関係を前提とする節税対策が適用できないためです。例えば2500万円までの贈与について相続発生時まで課税を繰り延べられる「相続時精算課税制度」や、入学金・授業料などの教育費を1500万円まで原則非課税で引き継げる「教育資金の一括贈与の特例」といった代表的な節税体躯は軒並み活用不可能となります。
慎太郎さんのように相続人たちが無用な揉め事を起こさないよう、婚外子の権利を踏まえた相続プランを立てておきたいものです。
文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所
所長 栁沼 隆
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