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 相続直前の借入金による土地取得により大幅な「超過借入金債務」により、借入金と評価通達の評価額との差額を生じさせ、他の相続財産の課税価格を減殺して多額な相続税の軽減を図った事例の東京地裁平成4年3月11日判決は、この事実関係を前提として総則6項を適用する「特別の事情」があると判示しました。

 この事例は、昭和62年12月の相続の直前の同年10月に借入れを行って7億5850万円でマンションを取得、相続直後の翌年1月にマンションの購入先の不動産業者との間で本件マンションの売却の媒介契約を締結して、翌年4月から7月にかけて、本件マンションを総額7億7,400万円で売却、借入金を返済した事例です。なおこのマンションは、賃貸等は行われていません。

 判決は、「相続前後を通じて事例の実質を見ると、当該不動産がいわば一種の商品のような形で一時的に相続人及び被相続人の所有に帰属することとなったに過ぎないと考えられるような場合についても、画一的に評価通達に基づいてその不動産の価額を評価すべきものとすると、他方で取引の経過から客観的に明らかになっているその不動産の市場における現実の交換価格によってその価額を評価した場合に比べて相続税の課税価格に著しい差が生じ、実質的な租税負担の公平という観点からして看過し難い事態を招来することとなる場合には評価通達によらないことが相当と認められる『特別の事情』がある場合に該当する」と判示しています。

 本判決が、本件のマンションは「一種の商品のような形で一時的に所有する」ものであると判示したのは、評価通達では棚卸資産の不動産は販売価額を基礎として評価されることとの「実質的負担の公平」を念頭に判示したものと理解することができます。

 その後、同種の判決として①東京地裁平成4年7月29日判決、②東京地裁平成5年2月16日判決が言い渡されています。

 ①の判決も相続直後にその全部又は大半を市場で売却した事例であり、評価通達による評価額と取引価額との開差の超過借入金債務の額が他の積極財産から控除されて相続税が不当に減少する点に着目して、多額の財産を保有せず相続税負担の軽減が期待できない納税者との実質的な租税負担の公平という観点から看過し難いものと判示しています。②の判決は、借入金によって取得したものではなく、他の不動産の売却代金により取得した物件については、その相続財産としての価額を評価通達以外の客観的な交換価格によって評価することを正当化する理由はなく、その評価は、通常の場合と同様に、評価通達に定める方法によって行われるべきであると判示しています。             

 この判例は、相続税対策として、相続直前に現金で保有することに代えて、評価額が低額なマンションを取得して保有している場合には、仮に相続税軽減の意図があるとしても、現金の保有から大半の入居者がいるマンションの保有に財産の種類と現況が変質したのであるから、相続財産のマンションは評価通達による評価額が採用されるとしています。

 だとしたら、次のような場合の「特別の事情」の存否についてはどのように考えるのでしょうか。

㋐ 相続直前に現金でマンションを取得した後、相続後に当該マンションを取得価額とほぼ同額で譲渡した場合

㋑ 相続直前に借入金でマンションを取得し、相続後も当該マンションを保有して賃貸等の事業の用に供している場合

 各判決によると㋐の場合には、「特別な事情」には当たらず、評価通達による評価が認められるという前提に立ち、㋑のように保有財産を現状のまま維持し、借入資金でマンションを購入したとすると、超過債務額により相続財産が減額され、「特別の事情」があるとの見解になるのでしょうか。しかし、この状況で相続が発生したとすれば、結局いずれの場合も相続税の課税価格は同額となることは明らかであり、マンションの取得資金調達の手段のいかんにかかわらず、マンションの購入前と後では、財産が変改した結果の課税価格の減少に伴い相続税額が軽減されることはしごく当然と考えられます。結論から言えば、資金調達手段の相違で取得資産の時価が変動するという論理自体がありえないのであり、取得資産の時価に影響する当該相続財産の属性の相違による時価の相違として捉えるべきと思われます。

 上記各判決が、各事例につき「特別の事情」を認定したのは、租税回避の目的とその行為に経済的合理性いわば事業目的がないという事実、財産の時価が判明しているという事実、加えて相続後に譲渡して取得価額に見合う金銭を掌中にしたという事実がそれぞれ独立して「特別の事情」になると判断したものではなく、これらの事実を総合的に評価して「特別の事情」を認定したものと思われます。

 この判例は、マンション取得の資金の如何にかかわらず、相続開始前に取得して相続開始後の近接した時期に譲渡したという行為を前提とすれば、そのマンションの取得は本来の不動産投資ではなく、一過性的に保有して譲渡するという、一種の商品のようなものとして、その販売価格で評価するという認定判断がなされたと理解すべきでしょう。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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