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 「紀州のドンファン」こと資産家の野崎幸助さんが、総額13億に上る遺産の全てを和歌山県田辺市に寄付するという遺言を残していたことが明らかになりました。市は受け取る方向ですが、相続財産という性質上、完全に遺言通りに財産が渡るわけではなさそうです。

 和歌山県の実業家だった野崎さんは、4千人もの女性に多額のお金を貢ぐなど破天荒な生き方から「紀州のドンファン」と呼ばれていました。警察が不審死として事故と事件の両面で捜査を続けていることに加え、今回の多額の寄付の遺言書の存在が明らかになった事で、改めて世間の注目を集めています。

 遺言は野崎さんの会社の元役員が代理人弁護士を通じ、田辺市の家庭裁判所に提出したものです。そこに書かれていたのは、「故人の全財産を田辺市に寄付する」という言葉。田辺市は遺産額の調査を進め、土地や建物、預貯金、金融商品などの財産を把握しており、負債を差し引いても13億2千万円に上る遺産を受け取る意向を今年9月中旬に公表しております。

 遺言が残されているのなら、民法900条で定められた法定相続分に縛られず、遺産分割されますが、一方、1028条では相続人ごとに最低限の取り分である「遺留分」を認めているため、必ずしも遺言の内容通りに遺産分割が終了するとは限りません。野崎さんのケースでは、妻が田辺市に請求すれば、遺産総額の半分6億6千万円が妻のもとに渡ります。

 そもそも野崎さんの相続人は妻と数人のきょうだいで、法定相続のルールに従えば、妻は全財産の3/4、すなわち9億9千万円を受け取れるはずでした。財産を残す立場の人が「相続人にできるだけ財産を渡したくない」と考えた場合、遺言書を残すことにより法定相続分より少ない額を残すことが可能になるわけです。

 ただし野崎さんが遺言を書いたのは現在の妻と結婚する前であり、妻の取り分を減らすというよりは、野崎さんのきょうだいに財産を渡したくなかったのかもしれません。兄弟姉妹には遺留分がないので野崎さんのケースでは、きょうだいに1円も財産が渡らないことになります。そのため野崎さんのきょうだいは遺言そのものの法的効果を疑い、偽造されたものとして、裁判所に異議申し立てをしています。

 財産を特定の個人に渡したくないときや法定相続人以外に渡したいときは遺言書が一定の効果を発揮します。しかし渡したくない相手が兄弟姉妹であれば1円も引き継がせずに済みますが、それ以外の相続人には遺留分だけは必ず受け取れることになります。

 では、法定相続人以外の人にできるだけ多くの財産を残したいときはどのような手段を講じたらよいのでしょうか。

 遺留分を無視して相続人の財産を減らすことはできませんが、唯一その定説を覆す可能性があるのが信託です。信託とは自分の財産を信頼する誰かに委ね、指定した人のために財産の管理や処分を行ってもらうという制度で、信託法は民法に優先される「特別法」に当たるため、これまで民法の制約によってできなかった財産の引継が可能になりました。

 ただ、法律上では遺留分を無視して法定相続人以外の人に引き継がせることが可能になったとはいえ、実務上では税法上などのリスクなどがまだ払拭されていない状態であり、どこまで信託が思いを実現させてくれるのか未知数です。

 つまり遺言や信託によって財産を渡す相手を指定しても、確実にその通りに遺産が引き継がれるとは限りません。自分の財産を法定相続人でない特定の相手に確実に渡したいのであれば、最善の策は生前に贈与することです。

 野崎さんは数多くの女性と交際していたことで知られていますが、その女性たちには贈与の形で、多額のお金を渡していたことがうかがえます。実際、本人には「紀州のドンファン 美女4000人に30億円を貢いだ男」という著書があり、これが本当ならば、遺産よりもはるかに多い額の生前贈与をしていたことになります。

 何はともあれ、最終的に妻に財産の半分が渡るのであれば、最初から内容を「財産の半分は妻、半分は田辺市」と書いた方がわだかまりは少なくて済んだはずです。遺言があることでトラブルがないように、様々な可能性を考慮したうえで財産の引継を考えたいものです。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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