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 会社の社長が、自分の会社に無利息で資金を貸し付けた場合には、会社が得るその経済的利益に対しては課税などしません。本来、役員個人というものは、必ずしも利益を追求しているということにはなりませんので、無利息であっても会社・役員個人のいずれにも課税関係は生じません。

 一方、社長が自分の会社との間で土地を貸し借りする際、権利金の支払いがなかったのなら会社において受贈益があるとして認定課税がされてしまいます。権利金分税金を払えというわけです。これは、無利息でお金を貸し付けた場合とどのように立場が違うのでしょうか。きわめて不合理な税法と考えられます。

 借地権通達が登場したころは、税務は民法や借地法と整合性を持つものと考えられていました。その結果、第三者間の契約に適用される借地権利金や解除の制限、法定更新、さらに立退料を授受するのが「当然の前提」として借地権通達が作られました。

 身内間取引と第3者間取引を区別しない税務の取り扱いでは、身内間の借地契約やオーナー経営者と同族会社間の契約にも借地権があるという「当然の前提」が採用されることになります。これにより権利金を授受せずに土地を会社に賃貸すれば、会社

に対して権利金相当の受贈益課税が行われることになり、親子間で締結された土地の賃貸借契約の場合にさえ子に権利金(借地権)相当の贈与税が課税されるという不思議な課税が当然のごとく行われることになります。

 そして税法が借地権という制度を認め、借地権割合という制度を作り出し、相続税の財産評価や法人税の取引で借地権割合相当の価値があると取り扱うことになると、それが民法や借地法に影響を与え、裁判実務でも借地権割合が「当然の前提」として議論されることになります。

 その後、税法の分野で「当然の前提」に対する疑問が生じました。オーナーが法人に土地を貸与して工場を建設します。その場合にも権利金の認定課税が行われてしまいます。経済的合理的に行動すべき法人には無償の契約など存在しないという次なる「当然の前提」が持ち出され、使用貸借の場合にさえ借地権が発生し、権利金の認定課税が行われてしまう……それでは中小企業の経営など不自由で仕方ありません。

 そこで年8%(後に年6%)の地代を支払っている場合は、土地の全額についての利回りが地主に確保されている事、つまり借地人に移動する権利部分は存在しないという「ルール1」を導入しました。しかし高度経済成長が終焉を迎えて相当地代など支払えない状況が生じてしまいました。

 そこで無償返還届という制度を採用し、これを提出した場合には法人の借地権は認めないという「ルール2」を導入します。

 しかしいくら税法でルールを決めたとしても、それはあくまでも税法上のことであり、借地借家法を改正する力はありません。そこで次のような訴訟が起きることになります。

 相続人はA社に賃貸していた土地について、無償返還届出書が提出されていて、借地権が存在しないという前提で相続税額を申告しました。しかしその後の訴訟手続で「借地人が相続開始前から借地法の適用を受ける借地権を有していた」という事実が確認されました。そこでAは相続税の更正の請求を求める訴訟を提起し、裁判所は次のように判断しました。

 「無償返還届出書が提出されている場合でも、借地法上の借地権であることに変わりなく、無償返還届出書の提出に関する取扱いは、賃貸借契約の当事者間において将来借地を無償で返還することを約し、かつ、その旨を所轄税務署長に届け出たときは、当該借地権は経済的価値を有しないものであり、課税上そのようなものとして取り扱うべきことを税務当局に表明したものと取り扱う趣旨である」(平成11年1月29日大阪地裁判決)。

 結局、民法、そして借地法に追従した税法は、それに添い遂げることができず、税法独自の世界を作り、それが民法、そして借地法側からも税法独自の制度だとして離婚宣告されてしまいました。

 なんのことはない身内間の借地契約と、身内と同族会社間の借地契約はシンプルに税務上評価しなければよかっただけなのです。親子間で借地借家法に基づく権利が主張され、オーナー経営者が自分の会社に土地を賃貸した場合に、その契約が借地借家法によって保護される状況になることはありえません。

 現実的に親子間で借地権相当の権利金を授受することもありえないし、同族会社が土地の明け渡しについて、オーナーに対し借地借家法による解除の制限や法定更新を主張することもありえません。

 このように最初のボタンを掛け違ってしまったことから、多くの矛盾を作り出した借地権通達ですが、それは借地法も同じです。戦後の家屋不足から借地人を保護する政策を採用し、判決によって借地法の条文を超えた保護を与えてきた裁判理論にも金属疲労が生じてしまいました。

 借地人を保護するのは正しいとしても、賃貸期間が経過しても土地は返還されず、地代の増額には裁判手続きが必要。そのような不利益な借地契約では、だれも新しく土地を賃貸しようとは思いません。その結果、土地が放置されるという事態が生じます。

 そこで、借地借家法に3つの種類の定期借地権と、1つの定期借家権を導入することになります。

 このような不合理な税法のもと、実務の現場では今まで権利金の認定課税は行われていません。無償返還届出の追完という指導が行われているだけです。使用を終えた借地を無償で返還することも認められています。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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