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 最近、新しく導入された事業承継税制の講演会が開催され、相続税の節税対策の話題が専門誌を賑わせています。しかしそれは、昭和の時代の思い込みでしかありません。

 昭和の時代は、地価が上昇し、家賃が上昇し、事業が拡大してきました。そして男性の寿命は70代でしたので、60歳をこえたら相続と事業承継を考えなければなりませんでした。その頃の考えでは、遺産分割では土地の処分をしないことが正しいとされました。なにしろ、1億円の土地が翌年には1億1千万円になっているのですから、土地の処分が必要になるのは間違えた遺産分割と考えるのも当然です。昭和の時代、事業は順調だったのですから、これを子供たちに承継させるのは当然でした。

 しかし、平成の時代は、これらの状況がすべて逆転してしまいます。地価は下落し、多くの事業は縮小し、あるいは廃業していきます。そして死亡年齢の最頻値は90歳前後。つまり、寿命が1世代分延びてしまったことになります。

 サザエさんで考えれば、サザエさんの父親である磯野浪平さんは54歳なので、磯野家の相続対策では、浪平さんは被相続人の役回りではなく、相続人として考えなければなりません。

 「ドラえもん」では、のび太のお祖母ちゃんが「せめてのび太が小学生になるまでは生きていたい」と語っていましたが、今それは曾祖父母がひ孫に語る言葉でしょう。日本人の平均寿命は、この30年で1世代分近く延びてしまったのです。

 我々の業界も平均年齢が64歳といわれていますので、多くの税理士は昭和の時代と平成の時代を知っています。しかし、昭和の時代を知らない若手の税理士も少しずつ増えてきました。世の中には、昭和の時代を知り、それを平成の時代に書き換えている税理士と、昭和の時代の常識のまま生きている税理士、そして昭和の時代を知らない税理士の3種類が存在することになります。

 昭和の時代思考に留まる税理士は、相続税対策として賃貸物件を取得して土地評価を引き下げるのが当然だという思い込みがあります。あるいは昭和の時代を知らない若手税理士も「事業承継、相続税対策がこれからの税理士業の基本」だと思い込んでいるのかもしれません。

 「頭金なしで投資でき、30年間の家賃収入を保証」を謳い文句としていたスマートデイズによる「かぼちゃの馬車」のサブリース契約に投資して被害を受けた被害者も昭和の時代を知らない若手の人の思考によるものと思われます。

 しかし、昭和の時代を知り、それを平成の時代に書き換えている税理士なら、地価が下落し、空室が増加する経済を知っています。さらに、30年が経過してしまった賃貸ビルの承継が、いかに困難かを実務で見聞きしているでしょう。ドアの大きさ、天井の高さ、廊下の狭さなど目に見える陳腐化の他にも、給排水設備の故障が出始めるのが30年という時間です。そして今は土地よりも現金の方が価値ある時代です。

 1億円の土地と8千万円の現金ならあなたならどちらを選びますか?

 今のような時代に「事業承継、相続税対策、相続対策」をアドバイスする意味はありえるのでしょうか?経済産業省の調査によりますと日本人の女性は93歳、男性は87歳で亡くなる人が最も多いと報告されています。そして寿命も今後延び続けるでしょう。現在35歳の人たちの50%生存率は男性で94.7歳、女性で101.4歳、25%生存率は男性で100.7歳、女性で106.4歳といわれています。このような長寿化時代のアドバイスは、おのずと違ったものでなければなりません。

 子に財産を承継させる時代ではなく、自分の人生に責任を持つべき時代であり、もし、事業承継や退職を考えているのでしたら、その時期を10年いや20年先に延ばして考えることが必要です。もし仮に60代、70代で廃業してしまったら、その後の30年は何をするのですか?

 人生90年いや100年で区切れば、親に育てられる20年、子を育て生活を築く30年、そして子育てを終え、夫婦で平穏に暮らす50年となります。こうして考えると、長寿化の生活設計を考える必要があることがわかります。このような時代に、相続による資産の移転を考えていたら、親が90歳、子が60歳での資産の承継となり、これでは相続は子の老後の生活を支える資産の移転としての意味しかありません。しかし本当に必要なのは、子が子育てをする30代、40代での資産の承継でしょう。

 しかし、その際の財産承継についても工夫を要します。建築資金を贈与したのは地価が上がり続けた昭和の時代であって、居宅を両親が購入し、子に無償で貸与するのが令和の時代の資産の承継です。土地が値下がりする今の時代は、土地自体を両親が所有する方が相続税の節税になります。土地は購入した時点で30%減、40%減の評価になり、建物の固定資産税評価額は20%から40%程度まで引き下がります。当然、居宅を両親が所有することで、その賃料相当額を無償で子に贈与することになります。この場合、使用権の価額はゼロとされますので、無償の賃料部分は贈与税の課税対象とはなりません。両親が亡くなった時には、小規模宅地の評価減の適用も可能となります。

 また別の意味で、家族関係の円満にも役立つでしょう。仮に、建築資金贈与をしても、そのことについての感謝は、1ヶ月も続かないのが人間です。しかし居宅を両親が所有し続けるのであれば、無償で居住できることについての感謝は永遠に続きます。いかに家族に大事にされ感謝されながら自分の人生を終えるプランを考えるのが、これからの令和の時代の相続対策といえましょう。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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