第858話 小林亜聖さんの遺産トラブル
数々の名曲を作りだし、自身もタレントとして活躍した小林亜聖さんが去年5月にお亡くなりになりました。まじめな性格で、自身の〝終活〟に関しても遺言書を作成するなど抜かりはありませんでしたが、それでも本人が想定し得ない相続トラブルが起こっています。
相続対策ではとかく税負担をなるべく減らして、自分の思ったように財産を振り分けることに集中しがちですが、残した遺族らが納得しなければ、どんなに優れた計画も「絵に描いた餅」にすぎません。
小林亜星さんと言えば、「この木なんの木、気になる木」や「ぱっとサイデリア」、「ひみつのアッコちゃん」など、数々の印象的なフレーズを生み出したことで知られる名作曲家です。1976年には都はるみさんに提供した「北の宿から」が日本レコード大賞を受賞し、今も歌い継がれるスタンダードになっています。またご自身もタレントとしてテレビ番組に出演し、人気を博していました。
その亜星さんがお亡くなりになったのが去年5月30日のことです。自宅で転んで病院に緊急搬送され、そのまま目を覚ますことはありませんでした。死因は心不全で88歳の生涯でした。
テレビなどで知られるユーモラスな人柄の反面、非常に几帳面な性格だったようで、自身の〝終活〟も抜かりはなかったと言います。芸能人の中には資産家にもかかわらず何の相続対策もせずに亡くなるケースも多い中、亜星さんはしっかり遺言書を残していました。その内容は、全財産を妻のAさんに残すというものです。
しかしその遺産をめぐり、次男のBさんが、納得しないとトラブルが発生しました。Bさんは前妻の子です。亜星さんは離婚後も生活費と養育費を合わせて月60万円を何年にもわたって渡し続け、Bさんが警察沙汰を起こした際には弁護士費用や罰金、被害者への賠償金も全て立て替えています。亜星さんにとってはここまで援助してきたのだから、遺産くらいは妻にすべて渡したいと考えたのかもしれませんが、遺言の効力に対する認識に甘さがありました。
遺産分割において、本人が残した遺言は強い効力を持ちます。遺言の内容は法定相続割合より優先され、遺言と異なる分割を行うためには、相続人全員が同意しなければなりません。しかし、それでも遺言は絶対ではありません。遺留分の存在があるからです。
遺留分は、遺言によっても奪われない最低限の遺産を受け取れる権利を指します。遺留分には、被相続人の財産形成に家族の協力があったことへの考慮や家族の生活保障という目的があり、遺留分権利者の範囲は法定相続人より狭くなっています。
遺留分権利者となる人は以下のとおりです。
- 被相続人の配偶者
- 被相続人の子
- 被相続人の父母、祖父母(直系尊属)
被相続人に子がいれば、直系尊属は相続人になりませんので、当然、遺留分権利者にもなりません。また、被相続人の兄弟姉妹は例え相続人であっても遺留分権利者にはなりません。遺留分は遺留分権利者全体で遺産の1/2(相続人が直系尊属のみの場合は1/3)と定められています。
たとえ遺言書があっても、遺留分は無視できません。亜星さんの遺産は4億円といわれていますが、そうなると次男のBさんはその8分の1、つまり5000万円を受けとれる権利が法律で認められています。争う余地すらありません。
さらに次男のBさんは、「遺言書はAさんに無理やり書かされたものではないか」と疑っています。そうした主張を続けるのなら、両者の解決は法廷闘争に頼らざるを得ません、
資産家が相続対策を考えるにあたってあえて優劣をつけるなら、特に重視するのは配偶者と後継者についてではないでしょうか。愛する妻が今後困らないだけの財産を残しながら、後継者には自社株などの事業用資産を集中させ、残る子らにはそれなりの財産を与えておく。それが定番の相続対策でしょう。決して間違いではありませんが、そこにすべての関係者の納得が欠けているのなら、どんなに優れた計画も「絵に描いた餅」に過ぎません。
亜星さんのケースについても、妻のAさんが遺留分を渡せばBさんが納得し、それで終わるトラブルなのかもしれません。しかし両者の関係に今後埋めようのない亀裂を残すことは間違いありません。
相続対策において財産を残す本人の意思、そして税対策は欠かせない要素です。ですがそこに多くの人の意思が絡む以上、それらを無視した「数字ありき」の相続対策は、失敗に終わる可能性が高いと言わざるを得ないでしょう。
文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所
所長 栁沼 隆
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