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 消費税のインボイス制度では免税事業者からの仕入れについては段階的に仕入税額控除ができなくなることから、制度導入後は免税事業者が取引から締め出される可能性が高くなります。国は免税事業者の課税事業者への転換を促していますが、免税事業者の約半数は課税事業者としての事務負担などに「対応できない」という状況下にあり、多くの免税事業者が廃業や業務縮小を余儀なくされることになりかねません。

 このまま免税事業者が市場から淘汰されるとなると、免税事業者と取引のある課税事業者にも多大な影響を及ぼすことになります。これまで日本経済を支えてきた企業間取引の生態系が根本から破壊されかねません。

 2023年10月1日から導入されるインボイス制度のもとでは、原則として仕入先から受け取った適格請求書等(インボイス)の保存を持ってのみ、支払った分の消費税を控除できることになります。インボイスには「登録番号」が必要ですが、免税事業者は番号の登録申請ができないため、免税事業者は課税事業者になるか、または事業の縮小を覚悟しなければなりません。

 約488万者あるとされる免税事業者のうち、事業者向け取引をしているのは約3分の1にあたる161万者で、財務省はこれらの事業者がインボイス制度を機に課税事業者に転換すると予測していますが、実際にこのすべてが課税事業者になるとは考えにくいです。

 日本商工会議所が行った調査では、免税事業者が課税事業者に転換する場合の課題として最も多くあがったのが「制度が複雑で事務負担に対応できない」で49.2%と実に半数近くを占めました(複数回答)。課税事業者になることで増える事務負担につき日本税理士会連合会は「発行する請求書の様式変更、システムの入替・改修、受け取った請求書等に登録番号があるかの確認、仕入先が免税事業者であるかどうかの確認、自社が発行する請求書等の保存、端数処理のルール変更等、事業者にとって多大な負担が生じることになる」と「2022年度税制改正に関する意見」で指摘しています。

 課税事業者への転換の課題として次に多く挙がったのは「景気の先行きが不透明で売り上げが確保できるかどうか分からない」の45.5%で、やはり半数近い事業者が不安材料に挙げています。さらに「資金繰りが苦しい」も34.2%と3者に1者が現実問題として課税事業者への転換が困難な状況を示しました。このほか消費税の制度的な問題に起因する「価格転嫁がむずかしい」の29.4%が続いています。

 免税事業者は課税所得1千万円以下で消費税の納税義務が免除されているものを指し、商品の販売に当たっては消費税込みの価格を代金として受け取っています。そのため免税事業者は、納めずに済んでいる消費税分だけ実質的に得をしてしまう「益税」が発生すると指摘されています。

 しかし実際には、免税事業者が益税分を丸々懐に納めることができていたかというと、必ずしもそうとは言い切れません。取引上で立場の弱い受注者側になりやすい免税事業者は、益税分を商品価格から実質的に差し引くことで価格競争力を確保してきました。もし益税分がなくなれば価格を引き上げなければ利益を確保できず、発注側と対等な立場で交渉することが難しい状況下では従前の利益確保は難しいと言えるかもしれません。インボイスは税率の引き上げのない実質増税政策であり、免税事業者に与える影響ははかり知れません。

 インボイス導入を境に「課税事業者になる」と答えた割合も20.3%ありましたが、51.5%は「まだわからない」と態度を保留しました。さらにインボイス制度導入まで1年半強あるにもかかわらず、導入にあたって「廃業を検討する」とした免税事業者は4%に上りました。つまりは課税事業者になりたくてもなれない状況下にあるということです。

 逆に課税事業者側のアンケートでは、インボイス導入後も免税事業者と取引を継続するかについては、59.3%の課税事業者が「まだわからない」と態度を保留しています。さらに2割超の事業者が「免税事業者との取引は(一切または一部)行わない」としています。

 免税事業者の受注・販売先数は4割以上が5者未満となっていますので、取引先が1者減るだけでも免税事業者の経営悪化に直結します。

 日本の企業間取引は縦横につながる重層構造でなりたってきました。今後、インボイスにより最下層の下請け業者である免税事業者が大量に淘汰されるとなれば、ビジネス市場の生態系が根本から崩れることにもなりかねません。免税事業者のみならず、現在の課税事業者にとっても決して他人事ではない問題と言えそうです。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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