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 民法における法定相続分は、配偶者には1/2、残りを子供たちが均等に相続します。例えば、仮に相続人は妻と、医者になった長男、引きこもりの次男、結婚できない長女だったとしましょう。このような遺産分割であったとしても、弁護士が登場すれば、配偶者の相続分は1/2で、子供たちは残りを均等にという結論になってしまいます。

 もし、裁判所と弁護士が正義を実現する存在だったら、そのような遺産分割には異議を唱えるでしょう。長男は立派に医者として自立しているのだから、引きこもりになった次男の生活の道を考える必要があるし、結婚できなかった長女の居宅を確保する必要もあります。それにもまして、医者の妻として生活してきた配偶者は、これから残された遺産で老後の生活を守らなければなりません。このような場合の遺産分割が、算数のように法定相続分で分割すればよいというものではありません。

 配偶者には居宅とそれなりの老後資金を取得させるべきであり、次男には賃貸物件などの収益を確保する手段を準備してあげなければなりません。長女には、居宅を母親と共有して同居を続けることになるのでしょう。医者になった長男は、母親や弟妹に譲歩すべきであり、法定相続分を請求することをしてはならないと思われます。

 民法906条もそのような遺産分割を求めています。「遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする」と定めているからです。

 しかし弁護士が登場したら、そのような遺産分割を行うことはほとんど不可能です。弁護士には利益相反規定があり、依頼者と他の相続人の利害が対立する場合は、依頼者の利益のみを守るのが弁護士上の義務だからです。もし、依頼者の取り分を減らし、他の相続人の取り分を多くする遺産分割協議書を成立させたら、弁護士は弁明すべき立場に追い込まれてしまいます。

 しかし、そこに税理士が登場した場合なら様相は異なることになります。税理士は弁護士と違い利益相反規定によって自分の身を守る必要はありません。争いよりも平穏な生活を守るのが税理士の役割です。そこで税務署という仮想敵国を想定し、いかに相続税について有利な遺産分割を行うか、相続税の申告期限までに納税を間に合わせる必要もあります。相続人間に争いを生じさせないことが税理士の立ち位置です。

 弁護士に聞けば、相続は争われると答えるでしょう。当たり前です。争われなければ誰も弁護士を訪ねようとはしないからです。事件という分子を扱うのが弁護士だとすれば、日常という分母の世界に住むのが税理士です。そして、争いになる相続3件に対して、争いにならない相続が100件というのが分母から見た遺産分割です。

 妻の法定相続分は1/2、その他を均等とする民法相続編は、どのような場面で登場するのでしょうか。税理士が利用する民法相続編は、相続税額を計算する為の計算で使うツールであるのに対して、弁護士が利用する民法相続編は、依頼者の取り分を守る為の喧嘩の法廷で使うツールなのです。

 「夫の相続財産について、どのように遺産分割をしたらよいか」と問われたら、「皆さんの必要に応じて分割してください」と税理士の立場なら答えるでしょう。さらに踏み込んだアドバイスをするのであれば、「それは奥さんが全財産を相続し、奥さんが亡くなった段階で子供たちに相続させたらいかがですか」とアドバイスをすべきかもしれません。何しろ長寿化の時代です。残された配偶者は、その後、20年30年と生活していかなければなりません。そのために導入されているのが、1億6千万円までは非課税にするという配偶者の相続税額の軽減規定です。これに対しては、配偶者から第2次相続の税負担などの疑問が提起されるかもしれませんが、そもそも相続税対策のためにその後の人生を生きること自体が馬鹿げています。第2次相続の相続税などは、その段階で子供たちが考えるべき事案であって、これからの生活を抱えた配偶者が考えるべき事案ではありません。これからも年を重ねて生活に不便が生じて多様な不安を抱えていく老後を想定したら、頼りになるのは手元の資金なのです。

 「配偶者には1/2、残りを子供たちが均等」という民法相続編は守るべき規範ではなく、単なる喧嘩のツールであることは理解していただきたい。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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