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 ハズレ馬券の経費性が争われた裁判で、またも国税当局が敗北を喫しました。競馬の払戻金の税務処理を巡る裁判で国税が敗れたのはこれで3回目です。ギャンブルの払戻金を、税金面で納税者に不利な「一時所得」として扱う大原則を維持するために、国税はこれまで裁判で負けてもなお「限定的な特例にすぎない」と主張してきました。しかし、国税は負けるたびに拡大解釈による後退戦術を強いられています。

 東京地裁の古田孝夫裁判長は、ハズレ馬券の購入代金を経費に含められるよう求めていた訴えを認め、経費計上を認めなかった税務署の決定を取り消しました。過去にハズレ馬券の経費性が認められた裁判では馬券の購入額が数億円規模であったのに対し、今回の男性は数千万円だったことから、国税側は「金額が小規模で継続性も認められない」と主張しましたが、古田裁判長は営利目的で継続的に購入していたと判断しました。

 国税側が控訴すれば高裁で結論がひっくり返る可能性もありますが、少なくともハズレ馬券を巡る裁判で納税者が勝訴するのが今回で3回目です。国税訴訟で勝率96.5%を誇る当局が同じ争点で3敗を喫するのは異例のことです。それだけ馬券を巡る税務処理は、国税当局にとって簡単に譲れないのでしょう。

 馬券裁判で争点となるのは、「払戻金は雑所得なのか一時所得なのか」という点です。所得区分によって経費性の認定基準は異なりますので、雑所得であればハズレ馬券の購入費用も経費となり、一時所得ならば経費になりません。

 従来は競馬を含むギャンブルの配当金は一時所得として処理するのが通例でしたが、それに一石を投じたのが2015年に大阪府の男性が起こした裁判でした。この男性は約30億円の払戻金を得るために約29億円の馬券を購入していました。そのうち当たり馬券の購入費用は1億3千万円といいますから、雑所得であれば課税所得は1億円ですが、一時所得だと28億7000万円に所得税が課されてしまいます。

 男性は自作の競馬予想ソフトを利用して得た払戻金について国税と争い、最高裁までもつれた結果、「偶発性に左右される一般の馬券購入とは異なり、ソフトを利用して継続的に馬券を購入することによって個別のレースの当たりはずれの偶発性を抑えている」として、払戻金は雑所得と認定されました。

 この判決を受けて、国税庁はそれまで一律に一時所得としていた払戻金の取扱いに関する通達を改正。通常は従来通り一時所得として扱う原則は維持したうえで、「馬券を自動的に購入するソフトウェアを使用して個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をして経済活動の実態を有することが客観的に明らか」であるときに限って雑所得と認めると明示しました。ソフトウェアの使用など条件を最高裁のケースとほぼ同一のものに絞ることで、後発の類似案件を抑えようとしたのです。

 しかしその思惑は、2017年の裁判で早くも崩れ去りました。これは数年間で70億円を超える馬券を購入して5億7千万の利益を得た別の男性が起こした裁判で、最高裁はまたもや納税者側の勝訴を言い渡します。そしてこの男性は先例のケースとは異なり、自動購入ソフトなどは使わずレースごとに結果を予想していました。最高裁はソフトの仕様は関係なく、継続性や網羅性、購入規模などによって雑所得か一時所得かを区別すべきと判示しました。

 再度の通達改正を余儀なくされた国税が示した基準は以下の通り。

 自動購入ソフトを利用するか、予想の確度の高低と予想が的中した際の配当率の大小の組合せによって定めた購入パターンに従い、年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入して、回収率が100%を超えるように馬券を購入し続けてきたときに限って、馬券の払戻金を雑所得と認める。つまり、網羅性、金額の規模性、継続性、営利性などを全て備えて、はじめてハズレ馬券が経費として認められる。

 この通達改正をもって馬券を巡る税務処理の混乱がひと段落したところに、今回の判決が下されました。国税が想定していた「金額基準」が崩れ去り、数千万円の馬券購入でもハズレ馬券の経費認定への道が開かれたことから、競馬愛好者から自分にも可能性があると希望を抱く人もでてくるでしょう。

 しかし、馬券を巡る裁判で納税者が勝ちっぱなしではないことも覚えておきたいものです。2年前の裁判では、独自開発した競馬予想プログラムを用いてレース結果を予想して約3億円の払戻しを受けた男性に対して一時所得に該当するとの判決が下ろされています。この裁判では、馬券購入に際しての予想をプログラムにすべてを任せず、自身の判断も加えていたことから、購入規模は大きいが一般的な馬券愛好家の購入態様と質は変わらないとしてこのような判断が下ろされました。さらに赤字の年もあり収益が安定していないことなどから社会通念に照らして事業に該当しないと結論付けられています。このことからもあくまでも当たり馬券が雑所得と認められるのは数少ない例外であるとの認識はもってもらいたいです。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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