第1088話 遺言サービス
今年3月、日本銀行が17年ぶりにマイナス金利を解除しました。マイナス金利の導入以降、金融機関は調達金利と貸出金利の利ザヤが減り、とりわけ地方銀行の経営収益は悪化してきています。
そうした状況下で、地銀の多くは富裕層をターゲットにしたアパート建設融資を推し進めました。たとえ供給過剰で空室率が上がり、家賃が滞ったとしても、土地を持っている富裕層ならば回収不能にならないと考えたからです。しかし2018年、スルガ銀行が投資用不動産の資金を必要としていたオーナーに対して組織的に無理な融資を行っていた事件が発覚。これをきっかけにアパート建設融資が減少し、さらにコロナ禍で不動産に代わる収益源の開拓を行う必要に迫られました。
そこで多くの地銀が活路を見出したのが、遺言の作成をサポートし、執行を請け負う「遺言代用サービス」です。
遺言代用信託は、遺言者が死亡した時に指定されている者が受益権を得る仕組みです。地銀が顧客に遺言代用信託の商品を販売しますが、実は信託の商品づくりや事務手続きを担っているのは大手信託銀行です。地方支店が少ない信託銀行にとって強固な地域基盤を持つ地銀との連携はメリットが大きくなります。収益低迷であえぐ地銀にとっても新たな手数料ビジネスとなります。
信託業法の緩和に伴い、自ら信託業の許可を受け、顧客の要望に応える地銀も出てきました。従来は相続のタイミングで顧客との関係が切れてしまっていましたが、相続に関われば子供世代のつなぎ留めも期待できますし、他のサービスも提案できるなど、メリットが大きくなります。
信託協会によりますと、遺言者の保管・執行件数は2022年時点で18万5616件。これは20年前の4.6倍になります。
しかし「銀行に任せておけば問題ない」と考えて、軽い気持ちで契約を交わすとトラブルになりかねません。
地方都市に住むAさんは、地銀の営業担当者から熱心に遺言代用信託を勧められました。地銀が遺言書作成のアドバイスをして、その遺言の内容通りに財産の分配や名義の変更を行うという説明でした。報酬額は対象の財産の額で決定され、見積額を確認すると数百万円にもなります。加えて顧客の危機感を煽り、契約を早めに成立させようとする担当者の姿勢に不審を抱きました。どう考えても提供されるサービス内容を考えれば高額すぎるので、契約はやめたそうです。
金融機関への申し込み手数料や遺言執行報酬などにはそれなりの費用がかかります。遺言者自身は金融機関の手数料に納得して支払っていたとしても、相続開始の際には高額な遺言執行報酬がかかるため、相続人が納得せず後々金融機関とトラブルになることがあります。
当然、相続開始の際には遺言者はすでに死亡しているため、遺言執行時の報酬については相続人が負担しなければなりません。相続人が複数いる場合、誰がどれだけ負担するかで揉めるケースもあります。
もちろん、信託銀行や地銀に依頼することで、資産運用のアドバイスや信託を有効活用するための提案を受けやすくなるなどのメリットも考えられます。遺言代用信託を利用するにしても、報酬額やサービス内容などを充分に把握し、完全に納得したうえで判断して下さい。
文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所
所長 栁沼 隆
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