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 「坊主丸儲け」という言葉は、もともとは寺社の〝元手〟のかからなさをやゆした言葉でしたが、今では宗教法人に与えられた税優遇を指すときにも使われるようになりました。しかし最近、税金面では優遇されている宗教法人が、厳しい税務調査の狙い所の一つになりつつあります。

 宗教法人には、その活動を目的として行う公益的な事業については、法人税や固定資産税が課されません。その点、宗教法人は税制上優遇されていますが、税務調査については、他の法人よりも優遇されている分、財を蓄えていると国税から監視され、調査のターゲットになっています。 

 宗教法人の営む事業の内、税が課されるのは、「収益事業」として限定列挙された34の事業で、具体的には物品販売業、不動産貸付業、席貸業、請負業などが該当します。

 さらに税務調査で狙われるのが、法人の収益事業のほか、住職個人や従業員の所得税です。

 今年に入り、和歌山県で寺院を運営する2つの宗教法人が、一昨年までの7年間で、檀家から受け取るお布施を私的に流用し、大阪国税局から計約1億5千万円の源泉徴収漏れを指摘されました。和歌山県田辺市とすさみ町の2つの宗教法人の住職らは、非課税のお布施やお賽銭を生活費や貯蓄に回すなど、私的流用が常態化していました。宗教法人が住職や職員に支払う給与や報酬に対しては、所得税の源泉徴収義務があります。私的流用していた部分は、給与や報酬にあたり、所得税の源泉徴収義務違反があるとの見解です。

 宗教法人にとってつらいのは、どこまでが従業員の福利厚生費でどこからが給与にあたるのか、住み込み・衣食住付きが当たり前の寺院では特に判別が難しくなることです。源泉徴収をしていなければ、不納付加算税や延滞税などの加算税のペナルティーも付きます。国税庁のデータによりますと、毎年宗教法人の源泉徴収税に対して5万件の税務調査が入っています。これは宗教法人の法人税に対する調査の4倍近い数字となります。そして調査に入られると、約7割が何らかの非違の指摘を受けています。

 大体の調査官は、まず寺の行事予定表を確認し、大きな法要や季節ごとの行事などのイベントの日時を調べます。さらに従業員への給与の源泉徴収税のデータを過去3期分閲覧し、その他に布施の記録なども事細かに聞き取ったうえで「光熱費のうち私用と事業の按分の根拠を教えてください」と話を持ち掛けます。厳密な根拠といわれると、住職は説明に自信がなくなってきます。最終的には宗教法人のものとして登録していた電話番号から奥さんがプライベートの電話をかけていた事実をつかむなりして更正処分の扱いとなります。

 このように宗教法人は事業の性質上、どうしても私用と事業用、給与と福利厚生の境界線があいまいとなります。そのため調査官にとっては、非違をいくらでも指摘できる〝宝の山〟に映ってしまいます。税務署の中には、調査官に課されたノルマが難しくなると「寺へ行ってくる」という恐るべき慣習も存在しています。

 さらに所得税の調査に突っ張りすぎると、今度は法人税を狙って税務調査に入ることもあります。調査官は所得税の調査に来たとしても、必ずといって法人の帳簿も隅から隅までチェックしています。

 法人税の調査で問題となるのは、「収益事業にあたるかどうか」という点です。収益事業として34事業が限定列挙されているものの、その分類の定義はあいまいで、解釈次第でどうともとれます。そして収益事業の判断について、昨今寺社に厳しい司法判断が相次いでいることも見逃せません。

 2016年には「ビル型納骨堂は収益事業に当たるため非課税にならない」とする判決が東京地裁で下されました。この判決では、納骨堂で宗旨宗派を問わずに募集をしていたことなどを理由として「宗教団体としての主たる目的を実現するために使用しているとは言えない」と裁判所は判断しました。この裁判で扱われたのは固定資産税でしたが、同じ理由で法人税も課税されれば、寺社が新たに背負う税負担は相当なものとなるでしょう。納骨堂という非常に宗教的な施設であっても課税される可能性があることを示した本判決は、寺社業界に大きな衝撃を与えました。

 また近年増えるペットの供養についても「ペットは人ではなくモノなので宗教行為に当たらない」とする最高裁判決が下されています。人口減と地方の過疎化で寺社の継続が厳しい中、ビル型納骨堂やペット供養といった新たな事業に乗り出す宗教法人は今後も増えるでしょうが、「非課税事業ではない」として否認されるリスク覚悟で経営しなければならないでしょう。

 これらの税務調査に対しての対策としては、特に狙われやすい私用と事業の分別をまずしっかりと経理処理しておかなければなりません。厳密に分けることが難しくても、按分の根拠を示せるようにしていることが大事となります。

 ある大宗派では、総本山から「税務署に過去帳は見せるな」というお触れが回ったと聞きます。以前は必ず調査官が過去帳を見せるように迫ってきましたが、2005年に全面施行された個人情報保護法によって、個人情報が載せられた過去帳の提出はきっぱりと拒むことができるようになっています。

過度に税務調査を怖がるより、会計処理をしっかりやることで、委縮しないことが最大の税務調査対策といえるのではないでしょうか。

 

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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