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 山口県阿武町から誤送金された4630万円を巡り、受取人の田口翔容疑者は当初一貫して「ギャンブルで全て使ってしまった」との発言を繰り返していました。これは、不正に得た金であっても手元に残っていなければ、民法上返済義務を免れるというルールがあるためです。しかしその思惑が通ったとしても、そこには大きな落とし穴があります。仮に民法が許したとしても、一時所得として多額の税金がそこにかけられ、たとえ自己破産して債務の返済を逃れようとしても、税金は債務の免責効果が及ばないため、14.6%の延滞税と併せて死ぬまで国や地方公共団体の債権回収に追いかけられることになる事になります。いわゆる不当利得に対する課税です。

 山口県阿武町が町内の無職・田口翔容疑者に4630万円を誤送金していた問題で、同町は田口容疑者が約4300万円を預けていたインターネット上のオンラインカジノの決済代行業者の口座を差し押さえたことで、送金額の大部分が業者を通じて返還されております。阿武町から全額返済を求める民事訴訟を提起された田口容疑者はこれまで「手元に金はない」と主張していましたが、この発言は真っ赤なウソだったことになります。

 田口容疑者が虚偽発言を繰り返していたのは、民法上の返済義務を免れようとしたためでしょう。阿武町が返済を求めて民事訴訟で提起していた「不当利得返還請求」は、売買や贈与といった法律上の理由なく利益を取得した人に対して本来の持ち主が返還を求めるものです。

 過去の判例においても、自治体による誤送金について返還請求が認められています。2021年には、大阪府摂津市の事務手続きのミスにより本来よりも約1500万円多く還付金を受け取った市内の男性が返還を拒んだものの、市の不当利得返還請求が認められ、返却するように命じられております。

 しかし今回、田口容疑者が「ギャンブルに全額つぎ込んだ」と話していたため、回収は難航すると見られていました。不当利得返還請求で返還が義務付けられているのは、原則として借金の返済や生活費の支払、物品の購入など「その利益の現存する限度(現存利益)」とされており、ギャンブルなどの遊興費として浪費された金銭については返済義務を免れるルールとなっているためです。振り込まれたカネについて、田口容疑者が誤送金だと気づく前にギャンブルで浪費したと民事裁判で認められれば、阿武町の不当利得返還請求が成立したとしても、金銭の返還は免れることになります。

 しかし、仮に田口容疑者の思惑通りに事が運び、民法上の返済義務が免除されたとしても、税法上の納税義務は免除されません。ギャンブルで使い切ったにかかわらず、一時所得として課税され、所得税・住民税・社会保険料なども合わせると約1千万円に及ぶ負担が発生します。

 もし完納できなければ、税金の利息にあたる「延滞税」が加算され続けます。延滞税には建前上5年間の時効がありますが、これはあってないようなもので、当局による督促や仮差押えによって時効までの期間がリセットされます。しかもこの延滞税が結構高く、2カ月以内で完納すれば年7.3%で済みますが、この期間を過ぎますと年14.6%が日割りで上乗せされます。しかも自己破産をしても納税の義務からは逃れられません。本人の死亡後、相続人が相続放棄するまで半永久的に税や社会保険料に対する滞納額が増え続けることになります。

 SNS上では、田口容疑者が入金額を元手に「オンラインカジノで一儲けすれば入金額や税金を払ってもおつりがくる」と考えていたとみる向きもありますが、刑法上で「違法なカネ」と判断されれば、儲けた利益は国に「没収」されてしまいます。

 没収とは、犯罪者が所有する資産を取り上げて国庫に加える処分です。没収の対象には、犯罪者が犯罪行為によって得た資産のみならず、犯罪行為で得たカネで投資したことによる利益や購入したものも含まれます。具体的には刑法では

①犯罪行為を組成したもの

②犯罪行為に使われたもの

③犯罪行為により得たもの

を挙げています。犯人に犯罪による利益を保持させないようにすることを目的として、裁判官の裁量により適用する仕組みです。没収の対象となるカネやモノがすでに使われてしまい手元にない場合は、犯人に対して対象物の価値に相当する金額の支払を命じる「追徴」が適用されます。

 実際に没収が適用された代表的な事例としては、違法賭博に勝利して得た金品を没収した1924年の大審院の判決や、盗品を売却して得た代金を没収した1948年の最高裁判所の判例があります。

 暴力団が違法な手段で得た収益も、刑法上は没収の対象となります。5月12日の福岡地裁の判決では、暴力団が〝シノギ〟としていた違法キャバクラの営業収益について、その全額が没収・追徴されました。すでに押収していた390万円を没収したうえ、約3年間にわたる違法キャバクラの運営で売り上げた約2.9億円の全額を追徴するという厳しい判決が下っております。

 去年、会社から詐取した170億円を仮想通貨に換え、約30億円の利益を上げていたとして話題となったソニー生命元社員による詐取事件を巡っては、その約30億円もの利益は没収されて国庫に入る可能性があると指摘されています。

 田口容疑者が得たカネは、もともとは阿武町の誤入金によるもので容疑者に非はありませんでしたが、その後の資金移動が問題視されれば刑法上の「違法なカネ」となってしまい、没収や追徴の対象になり得ます。

 例えば、2003年の最高裁判決では、誤振込の事実を知りながら預金を窓口で引き出した行為について詐欺罪の成立を認めております。その理由として、受取人が誤振込に気付いて申告すれば銀行は組戻しを行うことができたにもかかわらず、受取人がその事実を告げずに預金を引き出したのは銀行との関係で詐欺にあたるというものです。

 田口容疑者はネットバンキングで資金移動を行った場合に適用される「電子計算機使用詐欺罪」にあたるとして逮捕されました。仮に誤入金されたカネを元手にギャンブルで利益を出していたとしても、立件されれば没収や追徴されて儲けがフイになります。

 田口容疑者は、銀行に向かう車内でスマートフォンを利用して情報収集した結果、湧いて出た4630万円を手中に収められる可能性に気付いたのでしょう。しかし、民法や刑法、税法など複雑に絡み合う実務上の法律にはさまざまな「注意点」があり、素人がインターネット上で得た知識で対応することにはあまりに危険性がありすぎます。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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