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 税務調査に本格的に乗り出す時期は、国税庁や国税局の人事が7月頭に発令されて新年度がスタートし、新たな職場にもなれた年度開始から2~3カ月経った9月~10月頃です。最近は調査の長期化を見据えて夏に調査の事前連絡がくることもありますが、細部まで突っ込むような調査には時間がかかり、配置転換されてきた調査官が業務のノウハウを学ぶ時間も必要となります。そうなると本格的な調査は秋から開始されることになります。

 また調査件数が多い季節としては、確定申告期を終えた4月頃もありますが、春の調査は各部署や人員に割り振られたノルマ件数を6月末までに達成するという意味合いが強く、一件当たりの調査期間は短く、内容も軽くなる傾向があります。これに対して秋の調査は、しっかりと時間をかけて納得がいくまで調べられるという傾向があります。

 税務調査を巡る近年のトピックとして外せないのが、調査のデジタル化です。昨年国税庁が取りまとめた資料によれば、これからは課税・徴収の様々な面にデジタル手法を取り入れることで効率化や高度化を図っていくとの事です。例えばAIを活用した取り組みとしては、納税者の申告内容や調査実績、資料などの情報に加えて、民間情報機関や外国政府から入手したデータなど膨大な情報を、AIを用いて分析し、脱税や所得隠しといった〝リスク〟の高い納税者を抽出し、調査先選定につなげるとしています。現時点でどこまで調査の現場に取り入れられているかは未知数ですが、すでに幅広いデータ分析による課税・徴収の効率化は進んでいるとみてよいでしょう。

 AI以外での「デジタル」を調査に活かす手法は、すでに浸透しています。その代表がツイッターやフェイスブック、インスタグラムといったSNSによる情報収集です。

 2020年度の法人税調査の実績をまとめた資料では、実際にSNSが調査先の選定に重要な役割を果たした事例が紹介されています。ある法人の調査にあたって当局はSNS情報、口コミにより、「常に満席、長蛇の列」である情報を得て申告内容に不審を抱き、そこから実際に現地に赴いて無申告であるにもかかわらず、店舗は活況であることを実際に確認し、実地調査を行っています。

 さらに2019年2月に東京地検特捜部に逮捕された「青汁王子」こと三崎優太氏の脱税事件でもSNSが調査の端緒となりました。三崎氏は高級外車や競走馬の保有、豪華マンションでの生活などをSNS上で度々披露しており、国税当局からマークされていたのが脱税の発覚の要因になりました。

 特に無申告は、提出された申告内容を基に調査をスタートできる過少申告などとは異なり、そもそも申告自体がされてないことから調査のきっかけをつかみづらくなります。そのため当局にとっても難しいターゲット扱いとされていますが、SNSはその突破口になります。

 さらに恐ろしいのが当局の目がツイッターなど広く公開されたSNSにとどまらない点です。

 SNSには「LINE」のように家族や知人など一定の人とだけコミュニケーションできるタイプもありますが、こうした非公開のデータを国税当局が取得して税務調査の証拠として活用する例も出てきています。2020年12月の国税不服審判所の裁決では、納税者のLINE上でのやりとりを記録した画像データが、引退したはずの元経営者が経営に直接関与していたことを主張する為の当局側の証拠として採用されました。裁決の結果としては納税者の主張が認められたものの、本来非公開のはずのLINE上の記録データを国税当局が入手し、さらに国税不服審判所が証拠として有効だと示したことは、業界内を震撼させました。このケースで、どのような経路でLINEのメッセージ履歴が当局の手に渡ったかは不明ですが、こうした私信すら調査対象の資料となり、それを理由に追徴課税をされる可能性ももはやゼロではないということです。

 現代社会ではパソコンやスマートフォンは生活や仕事をしていく上でなくてはならいものです。業務においてもプライベートにおいても個人に関するすべての情報が収められているといっても過言ではありません。それだけに当局にとっても「宝の山」ということで、調査でも当然狙ってくるターゲットとなります。実地調査の現場でよく言われる「パソコンの中身見せてください」という頼み事についても、安易に許可するとパソコン内部の全ての情報についてみられるリスクがあります。

 税務調査では、本来の調査ターゲットではない部分のデータを「ついでに調査する」という慣習があります。これは「横目調査」とも言われるもので、過去にはこの横目調査が法的に許されるものかが裁判になった事もあります。

 2018年11月の大阪高裁では、約3億円の無申告所得が入金された口座を見つけた大阪国税局査察部(マルサ)の調査が「横目」によって収集された情報に基づくものであったことから、納税者が無効を訴えました。本来、税務調査にあたっては当該対象者に対して必要である内容のみを調べることができ、法定資料以外は納税者の任意の協力によって確認できるもので理由もなく調べるのは違法とされます。そのため当局は裁判で「資料はあくまでも偶然発見したもので違法ではない」と一貫して主張し、「具体的なことは守秘義務があるので証言を拒否する」と情報の開示を拒みました。

 そして判決は「調査手法に違法を帯びるとしても、重大な程度には至っていない」というものでした。脱税の摘発には横目調査が不可欠で、国税では必要悪という認識のもと日常的に行われています。こうした慣習がある以上、パソコンやスマートフォンを調査官に委ねる行為は、「上から下まで調べてください」といわんばかりの行為です。

 もっともパソコンやスマートフォンを見せたくないといっても、納税者には国税通則法に定めた税務調査への受忍義務があります。税務調査に対して全てNOで通すことは懲役や罰則の対象となる恐れがあり、現実的ではありません。そこで重要なのが、調査の対象がどこまでを含むかを見極め、それ以外の部分については毅然と断るという態度です。

 横目調査や税務署から送られてくるお尋ね文書のように、どこまでが任意でどこまでが義務なのかは納税者にはわかりにくいのが実情です。当局側もそのわかりにくさをあえて利用して、調査結果を当局にとって有利なものにしようとします。そこで税と調査のプロである税理士に間に立ってもらい、必要以上の情報を渡さないようにすることが税務調査に対応する上では重要となります。そもそも痛くもない腹を探られないよう申告することが最重要であることは言うまでもありません。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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