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 前回は認知症の発生に伴う法的扱いについて記述しました。今回は、上場企業の前経営者が病院に対して行った3億円の寄付の有効性が問われた最近の実例をご紹介します。

 今年4月26日に東証プライム上場の機械メーカー「渋谷工業」の前社長の遺族が、認知症疑いがあった前社長に3億円を寄付させたのは無効だとして、金沢医科大学などに損害賠償を求める裁判を起こしました。

 訴えによれば、前社長の渋谷さんは2021年1月に脱水症状を起こし、金沢医科大学病院に入院しました。その際に認知機能の低下が指摘され、同大学病院の検査でも大脳の萎縮が確認されました。その後も通院を続ける中で、渋谷さんは同年5月、大学の創立50年の募金に応じる形で3億円を寄付します。そして5か月後の10月に息を引き取りました。亡くなる直前には、別の病院で認知症の診断を受けています。

 提訴したのは渋谷さんの妻、長女、次女の3人で、記者会見では「病院が患者の症状を利用して、不当で多額な利益を図った」と訴えました。寄付は家族に内密だったようで、約2億円の借金がすでにあった渋谷さんが3億円を寄付するのは「極めて異常」として病院に返還を求めましたが、病院側が「寄付時に既に認知症を発症をしていたという診断書がなければ、返還する理由がない」として断ったため、提訴に踏み切りました。訴えを受けた病院側は、「正当な手続きを経て寄付金を受け入れている」として徹底的に争う構えを見せています。

 前回でもお話ししましたが、民法では認知症を患った人は「意思能力のない人」とみなされ、本人が行った契約などの法律行為は取り消すことができるとされています。重要なのは、いつから認知症を発症していたかであり、それが寄付後であれば法律行為は取り消せません。今回のケースで、はっきりと認知症の診断が下ったのは寄付後の9~10月のため、そこだけを見ればこの寄付を無効とするのは無理がありますが、それまで「認知症ではない」と診断を下していたのは寄付を受け入れていた当の利害関係者である金沢医科大学病院です。

 認知症の厄介なところは、「いつから発症したかわからない」点で、今回のケースでも、最初入院した時点で認知能力の低下が指摘されていましたが、認知症との診断が出ていなかったことが、争いの原因になりました。本人自身はしっかりしているつもりで遺言を残しても、その後に認知症と診断されてしまいますと、遺言の有効性が問われることになってしまいます。

 実務においてもこの点については微妙なところで、遺言の内容が単純か複雑か、書面に筆跡の乱れがないか、公正証書遺言であれば公証人とのコミュニケーションに不審な点はなかったかなど、状況証拠によりケースバイケースで判断されます。

 白黒をつけるには裁判を起こすしかありませんが、どのような結果になるにせよ関係者の負担は計り知れません。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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