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今年に入り、遺言と相続に関わる大きな制度の見直しが2つありました。

 1つは4月にスタートした「配偶者居住権」制度で、子と折り合いが悪い配偶者の救済だけでなく、円満相続においても税負担を大きく減らせる可能性があることで注目を集めています。 もう1つは7月にスタートしたばかりの自筆遺言の保管制度で、紛失・改ざんリスクを減らせることから、争族トラブルの減少が期待されています。 新型コロナウイルスによって万が一の可能性と向き合うことが増えた時間の中で、私たちはどのような遺言を作り、残すべきなのでしょうか。

 今年の春以降、自筆遺言を書いたという人や、その内容を見直したという人が増えています。その理由は新型コロナウイルスの流行に他なりません。このウイルスのために多くの人が死を身近に感じています。そうした状況下で遺言の重要性が再認識されています。

新型コロナの恐ろしいところは、人によっては発症から重篤化までが極めて早く、いざ感染が発覚した時には、残された家族に最後のメッセージすら伝える時間がないという点です。タレントの志村けんさんが体に倦怠感を覚えたのは今年3月17日のことでしたが、その時点では病院にかかるほどではありませんでしたが、19日に発熱や呼吸困難を発症して救急車で病院に運ばれた時には、意識が戻ることなく29日に息を引き取りました。感染力の高さもさることながら、発症から重篤化までのスピードの早さこそが、このウイルスの恐ろしさと言えるかもしれません。

 こうした新型コロナの脅威が知れ渡るに伴い「危急時遺言」と呼ばれる遺言形式がにわかに話題となっています。平時であれば存在を意識することもないようなマイナーな形式ですが、今のような異常事態にあって注目されています。

 危急時遺言とは、病気やけがで生命の危機に陥ってしまった時に、時間がないなかで遺言を残すやり方を指します。ベッドの横に立って遺言を聞き取るイメージですが、その法的ハードルはなかなか高いものがあります。まず家族などの相続に関する利害関係者を除いて3人の証人が立ち会い、遺言を正確に聞き取って書き写したうえで、遺言者に読み聞かせて内容を確認するといった手順を踏む必要があります。その内容の正確性が後から問題になる事もあるほか、そもそも既に意識を失っていると、遺言の作成自体が不可能です。

 要件だけを見ればハードルはむしろ通常の遺言より高く、それしかないという事態になれば利用を検討すべきですが、できれば他の方法で遺言を残しておくのが望ましいといえましょう。

 遺言を残す方法として最適なのは、確実さでいうのなら公正証書遺言でしょう。役場で公証人の立ち会いのもと遺言を作成するもので、その内容を第三者が保証する為、内容を書き換えられたり遺言を隠されたりする可能性がありません。またプロが内容をチェックする為、法的に認められる条件を満たせないという恐れもなく、不備があれば指摘してくれます。

 公正証書遺言のデメリットとしては、まずはコストがかかることです。遺言書に記載された財産の額に応じておおよそ数万円から十数万円の手数料等がかかります。

 また公正証書遺言の作成にあたっては公証人以外に2人の証人が必要となり、この人選には家族など相続の利害関係者は証人になることは出来ません。そうなりますと遺言の内容を知られてもいい証人のなり手というのは意外に少なく、見つからなければ役所に依頼することになりますが、この場合別途日当が発生します。遺言の内容を第三者に知られること自体を嫌がる人もいます。さらに現在の状況下では、三密になりかねません。

 では自筆証書遺言はどうでしょうか。自分で紙に書いて印鑑を押せばよく、財産目録はパソコンで作成しても認められます。実に簡単で、何より自宅で自分だけで作成できますが、デメリットもあり「自分しか内容を見ていなく存在も知らない」というのが自筆証書の最大のリスクと言えましょう。

 遺言を巡るトラブルの原因はいつの世も、遺言があるかどうか、その内容が本物かという2点です。そもそも遺言が見つからない、あるいは特定の相続人が見つけ、他の人に見られる前に内容を改ざんするなどのトラブルは枚挙にいとまがありません。これこそが、自筆証書遺言の最大の欠点でしょう。

 自筆遺言は自宅の机や金庫などで保管するしかなかったのですが、改ざんや紛失のリスクの問題を解決する為、法務局が自筆証書遺言を保管するという制度が今年7月10日からスタートしました。新たに始まった保管制度では、本人が作成した自筆証書遺言について、法務局がその原本とデータを半永久的に保管することが可能となりました。

 相続発生後の閲覧については検認が不要で、また相続人の内1人が閲覧した時点で他の相続人にも遺言書の存在についての通知がいくため、特定の相続人しか遺言を読めないというトラブルも発生しません。保管にかかるコストは1通につき3,900円で、コストはその都度かかるものの後からの変更も可能です。法務局が遺言の存在と真正性を担保してくれるのだから、自筆証書遺言にありがちな「遺言があるかどうか」「その内容は本物かどうか」といったトラブルは避けられそうです。

  しかし、法的要件を満たしているかのチェックは自分自身に委ねられているため、念には念を入れた確認をしておくことは必要です。要件を満たさず法的効果がなければ遺言を書く意味がありません。

 遺言のルールは民法で定められていますが、筆記用具や紙に関する規定は存在しませんので、コピー用紙やメモ書きに赤ペンや鉛筆で書こうと、それ自体が遺言を無効とすることはありません。ただし過去には、「コピー用紙にペン書き」であることを理由に真正性を疑われ相続トラブルになった例もありますので、ある程度の体裁を整えることは必要かもしれません。

 そして遺言が法的効果を発揮するためには、

①作成日付 ②署名と押印 ③本文が自筆

が絶対条件です。また不動産には地番や地積が正しく記載されていることも、遺言が正しく遺産分割に反映されるためには不可欠となります。

 非常によくあるのが「日付を忘れる」ミスで、遺言書を書き上げ、時間をおいて内容を点検してから最後に日付を入れようとしたまま忘れてしまうケースです。また修正の手順ミスもよくあり、一度書いた遺言書を訂正する為には、訂正部分に2重線を引いたうえで、正しい文言をその左側(横書きの場合はその上部)に書き、訂正印を押し、さらに余白にどの部分をどう訂正したかをわかるように付記することが必要です。自筆証書遺言で加除変更が民法で定める方式を満たしていない場合は、加除変更がなされなかったものとして扱われます。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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