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想像したくないことですが、大切な配偶者との別れの日は必ずやってきます。そして死別すれば、その10カ月後には相続税の申告期限となります。相続準備を死別する前にして相続に向き合わないと、どちらかが想像以上の時間と労力を要することになりかねません。どちらが先に逝っても困らないよう、元気なうちに夫婦で相続に向けた準備をしておきましょう。
夫が亡くなった際にパニックに陥ってしまったTさんの実例をご紹介します。
「夫がどのような資産を持っているのか、全く把握していませんでした。預金口座がどの銀行にあるのかさえもわからなかった。通帳を探しても見つからないので、銀行や郵便局の窓口に行って、夫の口座がないか聞いて回る始末でした。」
Tさんは預金内容の照会を主要な金融機関に申請し、口座があることがわかったら、残高証明書と取引明細書を発行してもらったといいます。
Tさんの夫は大手の数行だけ口座を開いていましたが、もしもネット銀行を利用していれば、残された妻が探し出すのはさらに困難が伴ったはずです。ネット銀行では最初から通帳が発行されないことがほとんどで、さらに窓口もないので、履歴等はパソコンやスマートフォンのメールを確認するしかありません。
ここで重要なのが相続税の申告期限です。相続税の申告は原則死後10カ月後に訪れますが、財産の把握でモタモタしていると時間切れということになります。普段の生活で財布を別にしている夫婦は意外に多いのですが、いずれはどちらかが財産を相続するのですから、元気なうちに互いの銀行口座を把握しておく方がベターでしょう。高齢になれば健康面も不安材料になっていくため、どちらがいつ病気で倒れても現金を引き出せるように暗証番号も共有しておいてください。紙の通帳だけでなく、ネットバンキングのパソコンパスワードも同様です。
またTさんの夫は株式もいくつか保有していましたが、証券口座を見つけるのにも苦労しました。
「株は昔と違ってネットで売り買いしますよね。書類として手掛かりになるものが見当たりません。取引明細書などもペーパーレス化されており、どこの証券会社の口座を持っているか全くわかりませんでした。」
さらに相続時に加入している生命保険会社が分からなければ保険金が受け取れない事態にもなりかねません。
「自宅を探してもどこにも書類が見つかりませんでした。入院保険も加入していましたが、その書類も探し出すのに苦労しました。」
保険契約の中でも死亡保険は契約してから長期にわたって支払い続けているので、契約書をどこに置いているか、家族が分からないというケースは珍しくありません。預金通帳で保険の有無を推測することもできますが、支払期間が終わっていたり、保険を解約せずに払い済み保険に変更していたりすると、過去の通帳が残っていない場合もあり見落としてしまうこともあります。
そういった場合、昨年7月からは生命保険契約紹介制度が開始しており、生命保険協会に必要書類を提出しますと、協会に加盟する42社に保険契約が存在するかどうかを一括で紹介してくれますので、積極的に利用してください。
別のSさんの場合は、妻の入っていた生命保険に5000万円ほどの配当金がついていたことが後になり分かったと言います。
「配当金を受け取る手続きが必要だということが後になり判明しました。私と子供たちの実印と印鑑証明書が必要ですし、妻の戸籍謄本については結婚前のものをわざわざ取り寄せなければなりませんでした。」
銀行の預金口座や証券口座、生命保険など、相続に向けて財産がいくらあるかを夫婦で把握しておかないと、面倒な死後の手続で連れ合いが相当な手を煩わされることになります。ぜひとも財産目録を作成することをお勧めします。
ノートにメモ書きを夫婦で共有しておくと、あとに残された人がスムーズに相続を行えます。銀行口座だと銀行名、口座の種類、株式であれば証券会社名、保険だと保険会社名を記しておきます。死後の手続をシンプルにできます。
夫の死後、金融機関が死亡の事実を知ると銀行口座は凍結されます。生活費として妻が使っていた口座は、身内だとしても一切引出ができなくなります。病院の入院費や葬儀などの請求が来ても払えなくなるということです。口座の凍結は相続財産をはっきりさせると同時に、一部の親族が勝手に預金を持ち逃げしないようにするための措置であり、死後にゆっくり名義変更すればよいというわけにはいきません。
凍結を解除するには、相続分を決めた後に名義変更手続きを行うことになります。つまり被相続人名義の口座を解約し、相続人名義の口座に相続分を振り込んでもらうための手続となります。
仮にあらかじめ夫から妻に財産を移す「生前贈与」をすることも一考です。現在は廃止が検討されていますが、年間110万円までの暦年贈与を利用すれば、まだ無税で財産の移転が可能です。
保有株式の名義変更では、できれば株価が下がるタイミングで行いたいものです。
仮に今日、株を贈与すると、その評価額は
① 11月10日の終値
② 11月の終値の平均
③ 10月の終値の平均
④ 9月の終値の平均
の4つから選ぶことができます。つまり、株価を常日頃チェックして頃合いをねらって贈
与することができます。
 生命保険の保険証券で確認しておきたいのは
① 「契約者」=保険料を支払う人
② 「被保険者」=保険をかけられる人
③ 「受取人」=保険金をもらう人
の「3つの名義」についてです。これらの名義変更をしないままでいますと、残された配偶者が大きな損失を被ることになりかねません。
 まず「受取人」が誰になっているかをチェックしましょう。
独身のうちは、保険に加入する際、死亡保険金の受取人を親にして契約する方がほとんどでしょう。結婚後に受取人を親のまま変更しないで、夫が亡くなると、妻と子がいたとしても、死亡保険金を受け取るのは夫の親となります。親が受け取った保険金を息子の妻に渡すと贈与になり、贈与税がかかります。また親が亡くなっていたら保険金は夫の兄弟がもらうことになります。そんなことにならないよう、結婚したら保険金の受取人を配偶者に変更しましょう。タイミングを逃すと忘れてしまいがちです。結婚したらすぐにやるべき手続きと心得ましょう。
同じように離婚のときも受取人を変更します。別れたパートナーに死亡保険金を残す必要はありません。子の学費等が目的なら、子を受取人にすればよいのです。再婚のときも忘れずに変更しましょう。
 また相続税対策で子供のために入った保険であっても、妻の老後資金に不安があるのなら、受取人を妻に変更することも検討すべきでしょう。
 加えて生命保険で気を付けたいのが、高額な税金を課せられないかどうかです。
 契約者「妻」、被保険者「夫」、受取人「妻」の名義の場合、夫が亡くなり、妻が保険金を受け取ったとしたら、所得税がかかりますが、受取人を「夫」にしていたら、税金は所得税から相続税に変わり、場合によっては税金がかからないことも可能です。
 契約者「妻」、被保険者「夫」、受取人「子」の場合には、保険金を受け取る際に妻から子に金をあげたとされ、贈与税が課せられます。
 死後に銀行口座や自宅の名義変更をする際は、生まれてから死ぬまでのすべての戸籍謄本が必要になります。相続手続きの中でも面倒なのが戸籍謄本集めです。相続が発生すれば、不動産や銀行口座、証券口座などの名義変更や相続手続きに必ず戸籍謄本を取得しなければなりません。なかでも登記簿の住所と住民票の住所が一致しないと、手続き上は別人の扱いになってしまいます。そのため、同一人物であることを示さなければなりません。保存期間が5年しかありませんので過去のものとなると取得できない可能性があります。代わりに故人の登記済証を使うこともできますが、紛失している場合もあります。その場合、相続人全員の同意を得て上申書を提出しなければなりません。
 しかも2024年からは、相続登記を死後3年以上放置した場合、10万円以下の過料を科されることになります。夫婦で保有する不動産の登記簿謄本をとって名義や住所をチェックし、登記簿上の住所が現住所と違う場合には住所変更登記をしておいてください。
 そして2026年までには、この住所変更登記も義務化されます。住所などが変わってから2年以内に登記を変更しないと、5万円以下の過料を科されてしまいます。
 死後の手続の最難関である「登記」に向けた準備は、今から済ませておくのが賢明です。夫婦がともに元気なうちに謄本集めをしておけば、残された夫・妻も助かりますし、他の遺族に迷惑をかけることもありません。
 いままで毎日一緒に暮らしてきた相手が、ある日突然いなくなることを想像したくはありません。しかし一方が亡くなると、相続や身の回りの整理など多くの難題が雨後の筍のように次から次へと現れてきます。期限なども迫られることになり、冷静な判断も難しくなります。夫婦健在のうちに、ひとりで生きる備えをしておきたいものです。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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