第958話　仲本工事さんに学ぶ事実婚

　仲本工事さんの亡骸を乗せた霊柩車の助手席には、前妻の長男が位牌をもって座っていました。残された妻の三代純歌さんは霊柩車が出発後に遺影とともに葬儀場から現れました。事実婚だった純歌さんの立場が垣間見られた瞬間でした。

　相続の現場では、事実婚という立場は法律婚に対して極めて不利な立場を余儀なくされます。

　ザ・ドリフターズのメンバーとして人気を博した仲本工事さんは、去年10月18日に、横浜市内の交差点を横断中に乗用車にはねられ、翌日急性硬膜下血種のため死亡しました。妻で歌手の純歌さんと仲本さんは事実婚であり、そのことが残された純歌さんに暗い影を落としています。

　日本における事実婚は1980年代以降、生き方の多様性を求めるリベラル思想から一般に語られるようになり、2010年の国勢調査では全国に60万人いる調査結果が出ています。欧米に比べて日本ではまだまだ少数派ですが、芸能界では薬師丸ひろ子や椎名林檎、坂上忍などをはじめ、りゅうちぇる&Pecoのように法律婚を解消して『夫と妻ではなく人生のパートナー』という道を選ぶカップルもいます。LGBTQなど、性の多様性が市民権を得る状況とも相まって、社会全体でも生活スタイルの違いは自主的な選択によるところが大きくなりつつあります。

　だが一方で、人生の重要な部分では様々な法律が事実婚夫婦の前にたちはだかっています。

　二人が事実婚の時、どちらかが死亡すれば民法上では相方は単なる他人として扱われます。婚姻届を役所に提出していなければ相続権そのものが発生しません。そのため遺産分割協議にすら参加できず、完全に蚊帳の外に置かれることになります。被相続人に親族がなければ、複雑な手続きを経たうえで『特別縁故者』として財産を受け取る可能性もありますが、仲本さんの場合は前妻の子がいるため、それも望めません。

 もちろん遺言があれば事実婚妻でも財産を受けることは可能です。しかし〝法律婚妻〟なら当然認められる1億６千万円までの配偶者控除は受けられません。

　また、通常の相続税の基礎控除額は3000万円＋600万円×法定相続人の数とされていますが、事実婚妻は法定相続人に該当しませんので、他の法定相続人がいなければ基礎控除額は3000万円となります。さらに例え遺贈によって財産を受け取ったとしても、事実婚妻は民法上「配偶者」とはみなされないので、「被相続人の配偶者及び一親等以内の血族」以外の者として、相続税が2割加算されます。

　そのうえ財産に土地があったときに、通常なら土地の相続税評価額を最大8割減額できる「小規模宅地の特例」も受けられません。

　まだまだ事実婚が不利な状況は続きます。仮に相続人が85歳未満で一定の障害があれば、85歳までの年齢(1年未満切上)×10万円が控除されますが、これも事実婚は法定相続人以外となるので適用外となります。

　亡夫が生命保険をかけてくれていたとしても、その受け取りでは、やはり事実婚妻は厳しい立場に置かれます。被相続人が保険料を支払っていた生命保険では、相続人が受け取る死亡保険金については500万円×法定相続人の数までが非課税限度額と設定されていますが、ここでも対象は「相続人」に限られ、事実婚妻は非課税の適用はできません。

　そして事実婚妻にとって最も重大な問題は、実際に暮らしている家に相続以降は住めなくなる可能性があるということです。事実婚の夫が死去した際に、その家の名義が夫であれば相続財産として法律上の相続人が相続することになります。そのとき事実婚妻は基本的に対抗する手段を持たないので、相続人が退去を命じれば黙って従わざるを得ません。

　相続の現場において事実婚は基本的に赤の他人としての扱いであり、法律婚との待遇差は計り知れません。仲本さんが事実婚を選択したのは前妻との子への配慮があったそうです。事実婚を選ぶのなら様々な不利益をしっかり認識してからの方がよさそうです。