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 去年10月半場、東京都世田谷区の高級住宅街で、150坪の広大な敷地に建てられた邸宅の取り壊し工事が始まりました。この敷地の庭には桜や金木犀が植えられ、メダカが泳ぐ池もあったそうです。この邸宅の持ち主は亡くなった女優の八千草薫さんです。宝塚歌劇団の元スターで、退団後は多くのテレビドラマで活躍されていました。しかし2017年にすい臓がんが発見され、闘病の末に去年10月24日に88歳でお亡くなりになりました。

 この自宅を残すことは、八千草薫さんが何より切望していたところでした。50年連れ添って2007年に死別した夫との思い出が詰まっていて、サンルームから見える庭と池がお気に入りでした。一方で「私は文化人ではない」として記念館のような形で残すことは望みませんでした。

 がんとの闘病の中で終活をはじめた八千草さんは、まず世田谷区に寄附を申し出ます。しかし「更地でなければいらない」と断られてしまいました。そこで大事な知人たちに遺贈することにしたのです。

 遺贈を受けたのは、遠戚2人と所属事務所の社長です。3人とも当初は故人の意思を最大限尊重しようという思いを持っていました。とはいえ、今後長くにわたり豪邸や庭を管理していくのは負担が大きすぎるため、八千草さんを含めた全員で「価値のわかる相手に譲渡する」という方針を立てたのです。その売却代金を3人の相続税の納税資金に充てることも確認し、八千草さんは旅立っていきました。

 しかし八千草さんの死後、残された3人に想定していなかった事態が降りかかります。全世界を襲っているコロナ過です。

 3人は当初、個人への売却を望んでいましたが、このコロナ過の中、150坪の豪邸を買おうという人はいませんでした。その価値、敷地だけで3億円です。そこで方針を転換して、屋敷を残してくれることを条件に買い取ってくれる不動産業者を探し始めましたが、3億円を超える価格がネックになり、買い手探しは難航しました。

 そうこうするうち、3人の相続税の申告期限が迫ってきます。法定相続人でない3人に課される相続税は、税負担が2割加算されるルールが適用されます。

 結局、買い手は見つかりましたが、その契約内容に「自宅を残す」という条件は付けられていませんでした。その翌月には、さっそく解体業者の重機が敷地に入り、豪邸が取り壊されてしまいました。

 それでは、どのようにすれば、八千草薫さんの意思を全うすることができたのでしょうか。少し考えてみましょう。

 まず1億円を超える物件は、買い手が限られ、すぐに売却相手が見つからないことが容易に想像できます。そのうえで、今後降りかかる税負担の正確なシミュレーションを行い、それに対する納税資金対策を講じておくべきだったと思われます。

 具体的には、預貯金や現金などの資産を十分に残しておくことに加え、相続人を受取人とした生命保険に加入しておくことが考えられます。生命保険金は「みなし相続財産」として課税対象にはなりますが、法定相続人であるなら他の財産から独立した非課税枠が利用できます。また様々な非課税枠を使って、生前贈与をしておくというのも賢い手です。

 どうしても相続が発生してから行える納税資金の調達方法は限られてしまうため、重要なのは生前の対策ということになります。八千草薫さんのように、故人に「資産を残したい」という意思があり、相続人を含めた関係者も思いを一つにしているのなら、納税資金対策をしっかり盛り込んだ相続対策を講じてもらいたいものです。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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