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 日本人初のボクシング3団体統一王者・井上尚弥選手が空き巣の被害にあいました。SNS上でたびたび披露していた高級腕時計などが盗まれたとのことです。

 近年、空き巣グループはSNS上の投稿を基にターゲットを絞る傾向があるとして国や警察は注意喚起していますが、とりわけリッチ層が頭の片隅に入れておく必要があるのは、国税当局からも監視されているという点です。いまや申告書や財務諸表と同様に、経営者のSNSは国税当局の最優先チェック事項とされています。投稿内容を通じて経営者の金銭感覚や人となりが見定められ、不正が疑われれば税務調査でこってりと取り調べられる。

SNSへの投稿がトリガーとなって税務調査が始まった例もあります。

 SNSはコミュニケーションツールとして普及し、多くの人の私生活の様子がインターネット上で閲覧できるようになっています。そうしたなか警視庁は、空き巣グループがSNSを悪用して資産のある個人を特定し、「旅行中」「出張中」などの投稿を基に自宅にいないタイミングを見計らって犯行に及ぶケースが目立っていると指摘しています。

 総務省は特設サイトを設けてSNS利用者に注意を促しています。トラブルを防ぐための手段として

①非公開アカウントなどを活用して公開範囲を制限する

②投稿時の状況などを特定されないよう投稿のタイミングをずらす

③誰に狙われるか想像する

の3点を挙げています。

 そもそもリッチ層が想定しておかなければならないのが国税当局の視点です。いまや調査対象者のSNSを確認するのは当たり前になっています。税務調査の大まかな流れとしては

①調査対象の選定 ②事前通知 ③準備調査 ④臨時調査 

となっており、このうち主に調査対象者が確定した直後の「③準備調査」の段階でSNS情報が念入りにチェックされます。

 従来の準備調査にSNSのチェックを加える利点として、昔だったら現地へ足を運んで反面調査しなければつかめなかった、社長の金銭感覚や性格、プライベート情報を知ることができます。国税当局にしたら宝の山で、新たな投稿があった時に知らせてくれる『自動巡回ソフト』で継続的に監視することもあります。

 SNS上に投降した些細な情報が税務調査で不正を疑われる要因になります。例えばフェイスブックに北海道旅行の様子をアップし、同じ月の帳簿に「出張費」や「得意先接待費」などの名目で多額の損金を計上していたとします。調査に来た税務職員に「プライベートの旅行費用を経費計上しているのではないか」と不正を疑われれば、滞在先での領収証や旅程表の提示、詳細の説明を求められるのは避けられません。

 SNSへの投稿内容により大口案件と見込まれる場合には、最初の「①調査対象の選定」の段階で対象者に選ばれるリスクもあります。

 代表的な事例が、2019年2月に東京地検特捜部に逮捕された「青汁王子」こと三崎優太氏の脱税事件があります。三崎氏は経営する健康食品会社の売上を1年間で7倍近い121億円まで急増させた手腕で注目を浴びた経営者でしたが、その裏では架空の広告宣伝費などを計上して約1.8億円の法人税と消費税を不正に逃れていました。三崎氏は高級外車や競走馬の保有、豪華マンションでの生活などをSNS上でたびたび披露しており、不審に思った国税当局からマークされていたのが脱税発覚の要因になりました。

 SNSには「LINE」のように家族や知人など一定の人とだけコミュニケーションをとれるタイプもありますが、こうした非公開のデータを国税当局が取得して税務調査の証拠として活用する例も出てきています。

 SNS上のメッセージを税務調査の証拠として認めたのが、元経営者による退職金の経費計上の適否を争った2020年12月の国税不服審判所の裁決です。国税当局は、LINE上でのやりとりを記録した画像データを証拠として提出し、引退したはずの元経営者が経営に直接関与していたと説明しました。最終的には元経営者側の主張が認められ経費計上は認められたものの、採決結果で注目を浴びたのは、本来非公開であるはずのLINE上の記録データを国税当局が入手しており、さらに国税不服審判所が証拠として有効だと示した点です。どのようにして国税当局が画像データを入手したかは明らかになっていません。

 今後、国税当局の推進している「税務行政のDX」が推進すれば、さらにSNS調査は強権化していくでしょう。

 税務行政のデジタル化で先行する海外では、SNS情報を調査に活用することでまさに〝成果〟を挙げています。例えばフランスではSNS運営会社などインターネット上でサービスを提供するプラットフォーム企業による情報提供を制度化しています。さらに税務当局内にAI技術による調査先の選定を行う専門部署を創設したことで、2019年には追徴税額が前年比142%になりました。

 国税庁が昨年6月に公表した文書では、AIの活用を通じて「申告漏れの可能性の高い納税者の判定」に取り組んでいくとしています。フランスのようにSNS上の情報収集やAIの活用が進めば、今後さらに税務調査が厳しくなっていく可能性があるわけです。

 SNSは新たなコミュニケーションツールとして年代関係なく受け入れられていますが、対面のやりとりと異なり、いつ・どこで・だれに見られているか分かりません。たとえ後ろめたいことがなくても投稿内容が疑われ税務調査に入られたら時間的にも精神的にも労力を使います。安易な投稿で無用なコストを発生させないようSNSへの投稿には細心の注意をする必要があります。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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