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 今年4月、新聞各社が「お布施1.5億円を『隠し給与』と認定」などと一斉に報じました。これは、2つの寺院が大阪国税局の税務調査を受け、2021年までの7年間で1.5億円の所得隠しを指摘されたものです。国税が狙ったのは、〝兼務寺〟のお布施でした。

 兼務寺とは、少子高齢化や過疎化などで檀家が減少して住職がいなくなった寺院を、近隣の住職が兼務して葬儀や法事の面倒を見ている寺のことです。住職らは、この兼務する寺のお布施を自身の個人口座に入れ、私的な貯金にあてていました。

 国税局は、住職が兼務寺のお布施を法人ではなく個人の口座に入れていたことを「仮装・隠蔽行為」と判断。重加算税を含めて約7800万円を追徴課税しました。

 兼務寺のお布施はほぼ使われていませんでしたが、それでも個人口座に入れた時点で追徴課税の対象になるといわれたそうです。

 住職は「兼務寺の収入を個人の口座に入れて管理していた。兼務寺の収入を本寺の会計と一緒にしないようにと、先代からそういう形をとっていた」と会計処理の誤りを認めています。

 収益事業がない寺院は、年間8000万円以下の収入なら法人税の申告義務はありません。しかし住職などへの給与の支払いがあれば源泉徴収義務が生じます。

 この場合、兼務寺のお布施を本寺の帳簿に記帳し、本寺と区分して別口座で管理していれば、お布施には法人税がかからないため税金は0円となります。

 にもかかわらず、寺院帳簿への記載を怠り、個人口座で管理していただけで、売上除外と同様の重加算税を賦課され、延滞税を含めてほぼすべてを当局に没収されました。兼務寺のお布施は、修繕費にあてるための大切な資金でした。国税が給与とみなしたのはやむを得ないと思いますが、住職には脱税の意図がなく、加えて重加算税の賦課要件である仮装、隠ぺい行為が見当たりません。

 国税通則法68条は、「納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し、その隠蔽し、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときには重加算税を賦課する」と定めています。隠蔽、仮装行為がない場合に重加算税を当局が賦課したのは問題にならないのでしょうか?

 典型的な隠蔽、仮装行為がない場合の重加算税の賦課要件について「その意図を外部からも覗い得る特段の行動」が問題となった平成7年最高裁判決は、従来の裁判例と考え方がやや異なっています。

 事実の概要は、納税者は多額の株式売買による所得があるにもかかわらず、その事実を顧問税理士に告げずに申告額から除外しました。しかしながら納税者は株式の売買について、取引の名義を架空にしたり、その資金の出納のために隠れた預金口座を作ったりはしていませんでした。

 判決趣旨で「重加算税を課すためには納税者のした過少申告行為そのものが隠蔽、仮装にあたるというだけでは足りず、過少申告行為そのものとは別に、隠ぺい、仮装と評価すべき行為が存在し、これに合わせた過少申告がされたことを要する。しかし重加算税の制度趣旨にかんがみれば、架空名義の利用や資料の隠匿等の積極的行為が存在したことまで必要であると解するのは相当ではなく、納税者が、当初から財産を過少に申告することを意図し、その意図を外部からも覗い得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をした場合には、重加算税の賦課要件が満たされる」と判じました。

 それでは、今回のケースについて考えてみましょう。

 前述のとおり収益事業をしていない寺院は、年間8000万円以下の収入なら法人税の申告義務はありません。兼務していた寺の年間収入が1寺あたり150万円前後であるなら、所轄庁に対して「役員名簿」と「財産目録」を提出するだけで済みます。だからといって帳簿をつけなくてもよいとはいいませんが、もらったお布施をそのまま預金口座に入金して管理していただけなら、帳簿をつけなかったのもうなずけます。個人口座に入金していたのは完全な誤りですが、住職は兼務寺のお布施を本寺の会計と混同させないように個人口座で管理しただけであって、そこに仮装・隠ぺい行為があるとは思えません。しかも個人口座から兼務寺の建て替え費用や災害時の修繕費を支出していたのなら、口座の動きを確認すれば、それらの事実と符合することでしょう。そうならば、お布施を兼務寺の収入から除外して『隠し給与』として所得税の課税を逃れ、個人口座で貯めこんだとの考えにはなり得ません。国税の調査員は、どこまで踏み込んで調査し事実認定したのでしょうか。

 住職に対し、国税が一般企業並みの複式簿記による帳簿管理をあてはめ、お布施を売上除外と認定。個人口座で管理する資金を「隠し給与」とみなして重加算税を課したというのが実情ではないのでしょうか。住職の言うことの事実認定まで調査していれば、少なくとも重加算税の対象にはならなかったように思われます。

 お布施を帳簿に記載してさえいれば税金はかからなかったのです。平成7年最高裁判決は「過少申告をすることを意図し、その意図を外部からも覗いうる特段の行動」をしている場合に重加算税の賦課要件が満たされるとしています。

 国税は住職の過少申告の意図をどこに見出したのでしょうか。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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