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皆様、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。去年の暮れには、NHK紅白歌合戦を見てから年を越された方も多くいらっしゃると思います。芸能界といえば、性加害で問題となったジャニーズ事務所について去年かなりの報道がされました。

 去年10月2日、大手芸能プロダクションのジャニーズ事務所が記者会見を開き、故ジャニー喜多川元社長による性加害に伴う補償案や今後の再建案について説明しました。会見のなかでは藤島ジュリー景子前社長が、これまで適用していた事業承継税制の利用を取りやめ、猶予されていた相続税を速やかに納めるとの方針が明らかにされました。

 一部報道では、ジュリー氏が相続にあたって本来課されるべきだった相続税は860億円にも上るとされています。ジャニーズ事務所はこれを否定していますが、それでも数百億円は下らないでしょう。その全額がこれまで事業承継税制によって猶予されていたことになります。

 事業承継税制とは、非上場の中小企業で経営者が自社株を後継者に引き継ぐに当たり、その引継ぎに係る贈与税や相続税を最大100%減免する制度です。事業承継税制は正確には納税免除ではなく納税猶予制度ですが、事業継続や雇用維持などの条件を満たし続けることで半永久的に納税を免れるため「実質免除」と言われています。

 ジャニーズ事務所の場合、資本金1千万円、従業員210人の企業ですので、業種は「サービス業」に当たり、「資本金5千万円以下または従業員100人以下」のうち、資本金要件を満たしているので制度の対象に含まれることになります。

 今回の会見でジュリー氏は「代表権を返上する」と述べました。このことにより事業承継税制の継続要件である「引継後5年間、後継者が代表者であり続けること」という要件を満たせなくなり、これをもって事業承継税制の猶予は取り消され、今後ジュリー氏には数百億円に上る相続税と、それに係る利子税がのしかかることになります。

 しかしながら、ジュリー氏が数百億円の相続税を素直に納めないのではないかという見方もあります。このような邪推が生まれるのには、事業承継税制の複雑なルールが関係しています。同税制では、何らかの理由で要件を満たせず猶予が打ち切られた時には、猶予された全額を納付するのが原則ですが、特例として要件を満たせなくなっても猶予が打ち切られない例外が存在します。それが「やむを得ない理由」または「事業の継続が困難な事由」があるケースです。

 まず「やむを得ない理由」とは、後継者が

 

①障害者等1級として精神障害者保健福祉手帳の交付を受けたこと

②身体上の障害の程度が1級か2級として身体障害者手帳の交付を受けたこと

③要介護5として要介護認定を受けたこと

 

などが該当し、これらに当てはまるときは納税猶予を継続できます。ただこちらは今回のジャニーズ事務所には関係ありません。

 

 問題は「事業の継続が困難な事由」のほうで、これは自社株引き継ぎから「5年」経過後に

 

①過去3年間のうち2年以上赤字

②過去3年間のうち2年以上売上減

③有利子負債が売上の6カ月分以上

④類似業種の上場企業の株価が前年の株価を下回る

⑤心身の故障等により後継者による事業の継続が困難な場合(譲渡・合併のみ)

 

などの事情があり、それが原因で自社株の譲渡、合併による消滅、廃業などが発生したときには、その時点での自社株評価で相続税を再計算し、当初の株価の5割までは減額を認めるというものです。 

 なお、この「5年」とは、自社株の相続や贈与が発生し、その税の申告期限から5年となります。ジャニー喜多川元社長が死去したのは2019年7月9日であることを踏まえれば、その〝Ⅹデー〟は来年5月にやってきます。つまりⅩデーまでジュリー氏が何らかの理由をつけて代表権を持ち続け、その後に廃業した場合、ジュリー氏が納める相続税額は大幅に減らせることになります。

 もちろんこうしたルールを認識したうえで、ジュリー氏が「『速やかに』納めるべき税金を全てお支払いする」と発言したのかもしれません。事ここに至って同氏が今なお逃げ切りを図っているとみるのは現時点では邪推に過ぎません。ですが実際に事業承継税制のルールとして〝抜け穴〟が使われる可能性はあるということです。

 芸能界に一大帝国を築き上げたジャニーズ事務所があっけなく崩壊したように、自社に将来どのような出来事が起きるかは予想できません。ジュリー氏が直面する税金トラブルは、決して他人事ではないはずです。そうしたなかで、猶予取り消しによるリスクとそれでも得られる減免のメリットを比較し、オーナー企業は事業承継税制の利用を検討すべきです。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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