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相続税の申告期限は亡くなってから10カ月以内というのはよく知られていると思います。しかし、相続人によっては死亡した事実を知らないことや、たとえ死亡事実を知っていたとしても遺言で財産を遺贈されていることを知らないこともあり、相続税の申告期限が決まるうえで問題となる事があります。このような場合、相続税の申告期間の開始の日は、相続人によって異なることになります。

相続又は遺贈により財産を取得した者(以下「相続人等」といいます。)及び被相続人から贈与を受けて相続時精算課税を選択して申告している者が、取得した財産の合計額が基礎控除額を超えている場合に、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例の適用を受ける場合には、その相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に、相続税の申告書を納税地の所轄税務署長に提出しなければなりません。

そもそも相続は被相続人の死亡により開始します。(民法882)。相続開始の事実及びその効果は、遺言による認知(民法781②)や法定相続人が相続放棄(民法939)したことにより相続人又は被相続人の周辺の者の身分関係や財産の帰属に大きな影響を及ぼします。なかには死亡の事実を知ってはいても、その死亡が自分の身分や財産に影響があるとは思わない者もいるでしょう。そのため相続開始の日というのは単に形式的な死亡の事実を知ったことではなく、死亡により、被相続人の財産及び債務等一切の権利義務を承継する(民法896)こととなる「自己のために相続の開始があったことを知った時」(民法915①)のことをいいます。

相続税の申告は、一般的に相続開始から10か月の認識があり、ほとんど問題となることはありません。ただし相続税という税金は、人の死亡という一瞬の出来事で、その瞬間に納税義務者が複数同時に発生する特殊な税目です。また、遺言によって財産を遺贈された受遺者が判明することにより、納税関係がより複雑になります。相続税の申告は、相続開始があったことを知った日の翌日から10カ月以内であるため、「知った日」がいつのことを指すのかが重要となります。現代は通信手段や交通手段が民法や相続税法制定当時と比し、格段と発達しているので、死亡の事実を知ることは、ほとんど死亡日当日か直後となるので、相続税の申告期限が問題となることはあまりありません。ただし、法定相続人でない人で遺言により相続財産を取得する人など相続財産を取得する人によっては、相続開始があったことを知った日の意味合いが異なる場合があります。

相続税法における相続の開始があったことを知った日とは「自己のために相続の開始があったことを知った日(相基通27-4)」のことをいいますが、これは民法の規定の適用を受けています。また知った日とは「自己のために」相続の開始を知った日をいい、単に死亡の事実を知った日ではないことに注意しましょう。

ここで相続の開始があったことを知った日の裁判・裁決事例を紹介します。

 

①「相続の開始があったことを知った日」とは、現実に財産を取得できる状況になったことまでを要件として必要せず、自己のために相続の開始があり、かつ、相続又は遺贈により取得した財産があることを知った日である。(平成10年11月30日採決)

②遺言による財産取得の効果は遺言者の死亡の時に発生し(民法985)、他の者が遺言の有効性について争っている事のみによって左右されるものではない。(平成16年8月30日採決)

③相続税法第27条(相続税の申告書)第1項に規定する「相続の開始があったことを知った日」は、一般的には被相続人の死亡を知った日をいい、遺贈により財産を取得した者については、当該受遺者が、被相続人の死亡の事実と自己のために遺贈があったという事実を知った日と解されるところ、受遺者が未成年である場合は、親権者が未成年者に対し遺贈があったことを知った日をもって、受遺者たる未成年者が自己のために遺贈があったことを知った日と解すべきである。(平成18年10月2日採決)

 

一般的な相続の場合は、相続開始があったことを知ることにより、法定相続人が被相続人の財産を取得できることを認識していることから、相続税法における相続開始を知った日とは、その死亡の事実を知った日となります。行方不明者であるような特殊なケースを除いて、被相続人が死亡したことを知らずにいることはほとんどなく、問題となる事は稀です。

被相続人からの贈与の相続時精算課税適用者にあっては、特定贈与者の相続開始があることを前提として特例の適用を受けていることから、相続開始の日は特定贈与者の死亡したことを知った日です。また特定贈与者が失踪している場合、民法30条の失踪の宣言に関する審判の確定があったことを知った日が相続の開始があることを知った日となります。(相基通27-4)

水難、火災その他の事変によって死亡した場合には、戸籍法第89条の規定により、官公署が死亡の報告を死亡地の市町村長に行ったことを知った日をもって、相続人が、相続開始があったことを知った日となります。具体的には、医師等の診断書や検案書に基づいて戸籍に記載されたとき、その事実が確認されます。

このように相続人が複数おり、相続の開始があったことを知った日が異なる者がいる場合、相続財産の価額をいつの時とするのかが問題となります。相続財産の価額を、それぞれの知った日別に算出するとなると、課税の統一性が保たれません。

そのため、相続税の申告期限の判定の基準である相続の開始があることを知った日は、相続人等の態様により別々となりますが、財産の価額は相続開始の時の価額によることとなっています。

親の死後に子が認知された場合(死後認知)に、財産を取得した場合、認知裁判の確定により、初めて相続人の地位を取得します。しかし認知は出生の時に遡ってその効力を生じますので、死後認知があった場合の財産の評価の時点は、相続開始の時となります。

なお、相続人が不存在の時に特別縁故者が取得した財産の価額は、その取得した時の価額で計算します。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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