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 料理人神田川俊郎さんが新型コロナウィルス感染症で亡くなったのは2021年4月のことです。神田川さんの遺産には、大阪市内の自宅マンションに加え、北新地にある「日本料理 神田川本店」があります。このうち自宅マンションについては速やかに長男が登記を行ったが、相続発生から約1年が経過しても店の登記が行われていないことを、2022年に一部週刊誌が報じました。

 神田川さんは3度の結婚と離婚を繰り返していて家庭関係も複雑でしたが、遺族間の〝争族〟争いが発生したわけではありません。長男によれば「神田川本店」が法人化しておらず、神田川さんが個人事業主として運営していたことが事態を難しくしました。光熱費や人件費がすべて神田川さんの個人口座から捻出されていましたが、新型コロナによる急死で遺族が対策を講じる間もなく口座が凍結され、運営資金を一切引き出せなくなってしまいました。まずは店舗経営の立て直しが最優先ということで、登記手続きが後回しになってしまったと長男は明らかにしています。

 その後も手続きのバタバタは尾を引き、経営立て直しにも影響を与えたようです。今年4月になって神田川さんの三回忌を迎えてもなお店の土地建物の相続登記は行われていません。「すでに遺産分割協議も済んで、弁護士にも相談したうえで、相続税の申告はもう済ませている。物件の名義も司法書士にお願いして手続きしているが、三回忌には間に合わなかった。」と週刊誌の取材に長男が答えています。

 神田川さんの事例では、相続手続きを巡る混乱のネックとなったのは、銀行による預金口座の凍結です。銀行は預金の名義人が亡くなると口座を速やかに凍結し、預金引出しをできなくします。相続人の誰かが自由に引き出せてしまうと相続トラブルの種になってしまい、銀行としてはトラブルに巻き込まれるのを防ぐ目的で、遺産分割協議が決着するまでは一切の取引を停止します。そうなると凍結解除の手続きをしなければ、口座から現金を下ろすことは原則できません。

 例外は、2018年の相続法の改正で創設された仮払い制度です。この制度により現在は、「預金額の3分の1×法定相続分の割合」または「150万円」を上限として、他の相続人の同意を得ずに引き出せるようになっています。ただこの制度は、あくまで当座の生活費や葬儀費用に充てることを目的とした制度であって、神田川さんのように個人口座のお金を事業資金に回していたようなケースでは、到底穴を埋められる金額ではありません。

 そもそも銀行が預金口座を凍結するタイミングは、「相続の発生を銀行が知ったとき」で、一番多いのは相続人自身が相続手続きのために銀行を訪れた際に、銀行は相続の発生を知り、口座を凍結します。

 ではなぜ神田川さんのように、遺族が望まぬタイミングで銀行口座が凍結されたのか。思い当たる原因は2つあり、まずは自分以外の相続人が銀行に既に連絡しているケースです。今後の手続きを知りたくて預金口座の取り扱いを聞くようなことがあれば、銀行は相続の発生を知って口座を凍結させます。

 そしてもう一つが新聞やマスコミなどによってその死亡が報道され、銀行が相続の発生を知った時です。神田川さんの場合は、このケースだと推測されます。その他、別の銀行からの情報共有などもあり、銀行は予想以上に早く相続の情報を知り、預金口座を凍結します。

 いったん預金口座が凍結されれば、解除するには遺言や遺産分割協議などで預金残高の行き先を確定させる必要があります。預金口座が凍結されている間は、神田川さんのように個人事業主の方は、事業資金の引き出しができずにたちまち経営存続のリスクに直面します。また税金や公共料金、クレジットカードなどを口座からの自動引落に設定していると、それらの支払もすべてストップして未納扱いになります。

 さらに預金口座が凍結されると引出しだけでなく振込もできなくなります。例えば賃貸アパートを保有し、その家賃の振込先を個人口座にしているケースでは、口座が凍結されると家賃収入の道が途絶えることになってしまいます。

 このようなリスクにさらされないためには、当座の生活費や事業用資金に困らないよう口座を分けるなどの事前対策をしつつ、預金凍結から解除までの手続きをスムーズに行うしかありません。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

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