e841aa13739be51ce547a89884028358_s

 個人にそれぞれ付与された番号を通じて税や社会保障の情報管理を行い、災害対策などにつなげるという目的のもとマイナンバー制度がスタートしたのは2016年のことです。しかし国による個人情報の捕捉ばかりが先行し、この制度によって国民生活の利便性が向上したとはとても言えない状況が続いています。取得率もいまだ半数に満たないなど、制度に対する国民の信頼が醸成されていないなか、国はマイナンバーの利用範囲の制限を事実上〝撤廃〟する動きを見せています。

 昨年12月24日、岸田内閣は「デジタル社会の実現に向けた重点計画」とする文書を閣議決定しました。「誰一人取り残されない、人にやさしいデジタル化を」とスローガンに掲げ、行政や経済政策など幅広い分野での電子化を推し進めていくロードマップをまとめたもので、そのなかで国民に対する行政サービスのデジタル化の骨子として、マイナンバー制度の推進が挙げられました。

 この計画では「個人のID・認証基盤であるマイナンバー制度をデジタル社会における社会基盤として利用する」と明記し、マイナンバーが「公平・公正な社会を実現する」ための〝カギ〟になると強調しました。計画全体でもマイナンバーという単語が182ヵ所にわたり登場し、同制度を日本国家のデジタル化の軸にする意気込みが表れています。

 そしてデジタル社会化のために盛り込まれたのが、関連法の改正によるマイナンバーの利用範囲の拡大です。現在のマイナンバーの取り扱いを定めた「行政手続きにおける特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(マイナンバー法)」9条では、利用範囲を社会保障制度、税制及び災害対策に関する分野に絞り、厳格にマイナンバーが使える事務を限定列挙しています。

 今回の重点計画では、この税・社会保障・災害対策の3分野を改め、マイナンバーの利活用の推進に向けた制度面の見直しを実施するとしました。具体的には「国民の理解を得られたものについて、令和5年にマイナンバー法改正を含む必要な法案提出」をするとしています。約140ページにわたる計画書の文中で、さらりと書かれているものの、マイナンバー制度が始まって以来の大きな転換点となる見直しです。 そもそもマイナンバー制度は、2009年に自民、民主などの各党がマニュフェストに掲げてからスタートまでに7年がかかっています。当時の各政党や政府は番号制度のメリットとして、行政の省コスト化や様々な手続きの簡便化などを挙げましたが、それに対して個人を「背番号」で管理することへの反発、将来の管理社会への不安、そして個人情報管理に対する不信など、多くの反対意見がありました。実際に情報管理体制への不安は制度スタート後の多くの漏えい事案によって的中してしまいましたが、そうした反対意見に対して国が打ち出したのが、税・社会保障・災害対策の3分野にマイナンバーの利用を限定するという案でした。全国民に付番した「背番号」を国家が自由にできないという制約を法に設けることで、最低限の理解を得てスタートしたのがマイナンバー制度なのです。ところがその制約を今回の重点計画で拡大することになりました。

 国は、マイナンバーの利用範囲を拡大することが「公平・公正な社会」につながるといいますが、それを言葉通りに受け取って良いのでしょうか。

 過去を振り返りますと、前述したようにマイナンバー制度は、国民生活の利便性向上を理由に2016年にスタートしたわけですが、その後、行政手続きはどうなりましたか?確定申告や年末調整の書類へ番号記載が義務付けられ、ふるさと納税制度のワンストップ特例ではそれまで必要のなかった本人確認書類が求められるようになりました。証券口座を開設する際にはマイナンバーの告知が義務となり、普通の口座開設についてもマイナンバー提供を求めるよう銀行に義務が課されています。

 一方で、マイナンバーカードなどを活用した行政手続き、マイナポータルを使った確定申告業務の一括管理などもできるようにはなりましたが、利便性はさほど高いとはいえず、マイナンバー制度によって手続きが劇的に楽になったという話は聞こえてきません。

 利用3分野の一つである災害対策に至っては、毎年のように発生する豪雨や地震の被災者救済に有効活用されたという話は聞いたことがありません。

国がアピールしていたもののうち、行政の省コスト化のみが進行し、国民生活の簡便化は進んでいない現状を国民も感じ取っているのか、制度スタートから7年目を迎えてもなお、マイナンバーカードを取得した人は半数にも届いていません。結果としてカード所持者と非所持者の双方に向けた2種類の手続を整備せざるを得ず、逆に行政コストの無駄が生まれ、ましてや手続きの簡便化などままならない状況です。 

また国が個人情報を安心して預けられるだけの信頼を得ていないという一面があります。例えばマイナンバー制度がスタートした当初、政府は個人番号を特に厳重な取り扱いが必要な「特定個人情報」だとして、収集・管理に厳格なルールを設けました。他人に番号を見せるようなことは絶対にしないよう周知し、大手レンタルビデオ屋が個人番号通知カードを本人確認書類に利用していたことが明らかになった際には、当時の高市早苗総務相みずから「取り扱いが適当ではない」と苦言を呈しました。

しかし一方で、制度開始後に多くの自治体でカードの誤交付、番号漏洩、紛失などが発覚すると、あれほど厳格を求めていた高市氏が「記載されている住所や名前、性別は運転免許証と同じで、免許証を落としても同じことになる」と発言。同じ人の発言とは思えませんし、つまりは番号自体が流出したところで重大な問題ではないとの認識を強調しました。このように自治体などによる番号流出が頻繁に起きただけではなく、2021年には日本年金機構の委託業務から中国に数百万人分のマイナンバーが流出した可能性が取りざたされましたが「マイナンバーが正しいかどうか確認することは差し控えたい」(水島藤一郎日本年金機構理事長)などと明確な回答を避け、さらに国も具体的な対応は取りませんでした。

また行政と国民の両方に大きなメリットがあるとして始まったマイナンバー制度が、預金口座への紐づけや税務書類への記載義務化など国にとって都合の良い部分ばかりが先行していることも、政府の説明に対する疑問を生じさせた理由の一つでしょう。

霞が関では、マイナンバー制度が開始した当初から、番号の利用範囲拡大に積極的な動きがみられ、制度がスタートする2015年には、東京五輪のチケット販売における本人確認にマイナンバーを活用する案を自民党が提示。政府内会合である産業競争力会議も、戸籍や旅券、医療などにも活用する案を既にまとめていました。

2016年には、当時盛り上がっていたカジノ構想について、懸案だったギャンブル依存症への対応策としてマイナンバーと既往歴を紐付け、カジノへの入場回数を制限するというアイデアも出ました。利用範囲3分野に関係ないどころか、細心の配慮が必要な個人の医療情報をマイナンバーに紐付けする案が出ること自体が、マイナンバー制度に対する政治の認識を示しています。

今回の重点計画では「国民の理解を得られたもの」について利用拡大していくとしていますが、具体的な条件などは一切設けておらず、制限なく利用範囲が野放図に拡大してく可能性も出てきました。

国は一向に普及しないマイナンバーカードの状況に業を煮やし、2020年から21年にかけて、マイナンバーカードを取得した人に最大5000円を還元するプログラムを実施しました。その甲斐あってカード取得者は急増し、それまで2割弱にとどまっていたカード交付率は今年1月に4割を突破しました。しかしそこまでしてもなお約6割の国民がカードを取得しないという選択をしている意味を国には考えていただきたい。

マイナンバー制度によって国民生活の利便性が向上するのは誰もが望むところですが、それは国と国民の信頼関係があってこその話のはずです。その信頼はお金によって得られるものではないはずです。

文責 仙台市で相続税に特化した税理士事務所|栁沼隆 税理士事務所

所長 栁沼  隆

「所長の独り言」一覧はこちら

 

免責
本記事の内容は投稿時点での税法、会計基準、会社法その他の法令に基づき記載しています。また、読者が理解しやすいように厳密ではない解説をしている部分があります。本記事に基づく情報により実務を行う場合には、専門家に相談の上行うか、十分に内容を検討の上実行してください。当事務所との協議により実施した場合を除き、本情報の利用により損害が発生することがあっても、当事務所は一切責任を負いかねます。また、本記事を参考にして訴訟等行為に及んでも当事務所は一切関係がありませんので当事務所の名前等使用なさらぬようお願い申し上げます。