第921話　脱税で〝お縄〟になった人たち(１)

　　山口県阿武町から4360万円が誤送金された問題では、一度は回収不可能かと思われた給付金の大半が法的に確保されたことが話題を呼びました。振り込みを受けた男性が国民健康保険税を滞納していたことから、国税徴収法に基づく差し押さえを適用したとみられ、インターネット上では「奇跡の一手」などと称賛される一方で、こじつけとも取れかねない手法に批判の声も上がりました。

　過去の歴史を紐解いても、何らかの〝悪事〟を働きながらも捜査の手の及ばなかった容疑者が、脱税の方向から追及を受けて逮捕されたという例は多くみられます。政界の黒幕、裏社会のトップ、業界のドンと呼ばれた者たちも、最後は税の前に屈しました。税こそ、いわば国家の最後の追及手段ともいえましょう。

　1992年、金丸信副総理は、『政界のドン』と呼ばれ、絶大な権勢を振るっていました。政界最大派閥だった自民党・経世会を会長として仕切り、後に政界の主役となってゆく小沢一郎、小渕恵三、梶山静六、橋本龍太郎らを従え、まさに日本の最大権力者でした。同年、佐川郵便から5億円に上る裏献金を受け取ったとスクープされて国会議員こそ辞したものの、政界に対する隠然たる影響力には波風も立ちません。金丸氏自身も20万円の罰金を伴う略式起訴のみで終わり、巨額特別背任事件が明るみに出たものの最高権力者に対しては司法の手が及ばないのかと国民に失意が広がっていました。その矢先の出来事です。

　先の佐川献金事件で巨悪を逃したとして、庁舎の門札にペンキを投げつけられるなど猛烈なバッシングを受けた検察庁が、東京国税局からの情報を基に動き出しました。その模様を記した麻生幾『封印されていた文書　昭和・平成裏面史の光芒part１』ではこう書かれています。

　「先生、日本債券信用銀行の割引債権を購入されたことはありませんか？その債権はどこかに保管されていませんか？」

　穏やかだった金丸の表情が一変した。

　「金丸先生、事実ならば、きちんとお話をされて、正しく対処されるべきじゃありませんか。既に、この事実は、日債銀からも話を聞き、資料も拝見しています。」

　金丸はこの言葉で自分の置かれた事態の重さを初めて悟った。熊崎の本当の狙いが何であるかを知った。

　「ちょっと待ってくれ。側近たちと相談させてほしい。」

　ここに出てくる「割引債券」とは、無記名の金融商品で、わかりやすく言えば権力者だけが使える名前のない預金通帳といったところでしょうか。金丸氏はその通称「ワリシン」を10億円保有していました。

　当局の徹底的な反面調査に基づく事情聴取に金丸氏は屈し、結果として大手ゼネコン数社を巻き込んだ大型贈収賄事件へと発展していきます。金丸氏の政治的な命脈は完全に断たれ、あれほど愛弟子として可愛がっていた若手たちも「政治家としてこのような行為は許されない」(小沢一郎)「大変衝撃的で残念だ」(小渕恵三)など、手のひらを返したように金丸氏から遠ざかっていきます。

　金丸氏は持病の糖尿病を悪化させ、1995年、裁判の終結を待たずにひっそりと息を引き取ります。政界に絶大な影響力を及ぼした黒幕も〝税〟の追及には勝てませんでした。